14.富士山登頂1998.8.1  

14.富士山登頂1998.8.1

この年は東京・大阪・京都・群馬・埼玉から参加した仲間と、総勢15名で冨士山へ登頂する事になった。
この日の天候薄曇り途中ガスがかかって見えない時もあったが、頂上へ着いたら晴れたり曇ったりしたが、時々青空が見えまあまあの天気でした。



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いつもの通りブルの特等席、幌の上に搭乗し大阪から来た仲間との再会に話しが弾む。


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7合目あたりで休憩(1)


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7合目あたりで休憩(2)


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7合目あたりで休憩(3)


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ブルの中から撮影(1)


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ブルの中から撮影(2)


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冨士山の噴火口“お鉢”


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富士山頂(1)
もうドームがついた富士山頂の姿はありません。
愛すべき真っ白なドームがなくなった富士山頂は、冨士山の頭と首をとられたようなものだといつも思っている。


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富士山頂(2)
東海道新幹線で静岡へ帰る時、富士辺りの車窓で見えていた冨士山頂に、ひと際目立つポツンと見える白い点が見えなくなったのに一抹の寂しさを憶えるのは、私だけではないのではなかろうか・・・・・・。


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“馬の背”(1)


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“馬の背”(2)


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富士山頂で


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山梨県側、富士山頂浅間大社(1)


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山梨県側、富士山頂浅間大社(2)


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お鉢めぐり、なだらかな山道


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NTT富士山頂分社前で(1)


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NTT富士山頂分社前で(2)


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下山中(1)


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下山中(2)


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宝永山突端の見晴台で
大砂走りを下って途中から右横へ再度登って行くため、かなりのスタミナが残っていないとここまで来れませんよ。

青百記



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13.富士山登頂1997.7  

13.富士山登頂1997.7

この年はあまり天気が良くなくて、寒くて参りました。


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大砂走りの付近で自衛隊隊員がブルに乗って大勢富士山頂を目指し登っていった。
富士登山マラソンの後方支援ボランティアと自衛隊自身もチームを編成して参加している。
いつも上位にはくるが優勝したのは見た事はない。


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7合目付近か?


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富士山頂お鉢


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頂上付近のスナップ写真(1)
とにかく霧も出てきて、風もあり寒かった。 気温は間違えなくマイナス10度近くはあったと思う。


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頂上付近のスナップ写真(2)
富士山頂馬の背付近、体がブルブル震えてきた!
今回は厳しい富士山登頂となった。

青百記



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12.富士山登頂1994.7.23  

12.富士山登頂1994.7.23

住宅関係者で冨士山へ一度は登頂したいと言う仲間とその家族も連れた時の記録です。


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ブルトーザ基地でのスナップ写真。 撮影は朝6時頃。


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富士山頂手前付近で撮影者を除き全員です。
山頂ではまあまあの天気でしたが、雲の流れが結構早かった。


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富士山頂地点(1)


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富士山頂地点(2)


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富士山頂地点(3)


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さあ〜〜これから富士山頂測候所近くから時計回りでお鉢めぐりスタート前、足元に気をつけて出発。


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お鉢めぐりの約半分地点
これが正真正銘の「青葉の百姓」スタイルです。


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山梨県側富士山頂上浅間大社奥宮


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反対側から見た富士山頂測候所


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NTT富士山頂支社
約4分の3くらい来たところにNTTの電話ボックスがある。
皆ここで家族に無事を知らせる電話をしているところ・・・。


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下山開始(1)


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下山開始(2)

今回は頂上はまあまあの天気だったが、8合目から5合目くらいまでは濃霧の中に突入して下山する事になった。
夏の富士山は午前中は天気が良くても、13時から15時頃が霧になる事が多い。

青百記




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11.富士山登頂1992.7.25〜26B  

11.富士山登頂1992.7.25〜26B


翌日富士山頂から日の出を拝み、下山する事になった。


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“富士山のご来光”
微かに太陽が出かかってきたところ。 零下何度か判らないがとにかく非常に寒かったね〜〜〜。


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別の尾根の上に蟻のように点々と写っているのは、全て登山客です。


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ここも別の尾根です。


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太陽も上がってきて、記念に富士山頂レーダードームをバックに撮ってもらったが、中途半端な寒さではなく、被写体の顔まで凍ってしまった。


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今は亡き長野県一帯で事業していた販売施工会社社長と二人で


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さあ〜〜これから下山だ! 気をつけて下りよう・・・・。


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我が生涯の友であるF氏の記念すべきスナップ写真

何故かお遍路さんが衣装を変えてこれからどこかへ旅立つ姿に似ていませんか?


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下山途中スナップ写真(1)


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下山途中スナップ写真(2)

この年は住宅事業本部幹部と主だった関係者との大編成で、初めて御殿場一泊、富士山頂一泊、山頂よりのご来光を拝む、二泊三日の冨士山登頂でした。
2日間お鉢めぐり、岩山を登り下りし、大砂走り下山とかなりきつかったと思うが、お陰さまで何事もなく無事に下山した事、今となっては懐かしい想い出となって甦って来ます。 

             青百記 2006.1.15編集


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10.富士山登頂1992.7.25〜26A  

10.富士山登頂1992.7.25〜26A

この年は大成建設鰹Z宅事業本部の幹部、地方から来られた幹部や住宅に携わっている販売会社の社長、建築工務店の社長、大手共通業者の社長等が参加し錚々たるメンバーでした。

この時はかなりの大集団でしたし、富士山頂山小屋へ一泊の2泊3日間の登山スケジュールだったし心配でしたが、お陰さまで何事も事故なく楽しい登山でした。
私は20数回も富士山頂を経験しているが、冨士山頂泊としては今のところこの時の一回だけの経験でした。


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前夜祭(1)
例のごとく前日は御殿場の飲み屋街に出向き一杯飲みながら前夜祭となったが、こんなメンバーはなかなか集まらないし、このような機会も滅多にない事、終始和気藹々と情報交換をしながらの交流会でした。


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前夜祭(2)
私と話しをしている方は、当時長野県一帯で事業をしている住宅販売会社の社長です。
住宅事業本部に在籍していた頃は松本へ行くと良くお世話になった方でしたが、今は亡き人となってしまった。
ご冥福を祈ります。


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ブル搭乗
この日はブルを2台に分けて搭乗したが、ブルの幌の上のほうがはるかに見晴らしがいい・・・・。
手前の荷物は所々の山小屋の食料や富士山頂気象庁測候所で勤務している方達の物資と食料です。


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富士山頂手前の急坂“馬の背”
あれっ! 
四国の親分もうダウンかな?


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富士山頂
この時は結構残雪が多かった。


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山梨県側山頂

お鉢めぐりをして富士山頂測候所の丁度反対側の頂上です。
真ん中にいるのは、20年前縁あって建設部門から住宅部門へ転勤となって間もない頃、大阪へ出張した時の住宅工務店(当時は住宅を年間70〜80棟は建てていた)の社長で、宴会の席で何か意気投合し今でもお付き合いをして頂いている方です。

青百も大好きな“義理と人情”の世界に強い河内の男です。
彼もこの機会に大阪から遥々来ては数回“富士山山頂”へ登る事になる。
彼の故郷四国の“霊山石槌山”にも誘われているので是非登頂したいものだ!


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山梨県側冨士山頂


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お鉢めぐりの途中で
今回の参加者は全員“お鉢めぐり”を無事廻る事が出来良かったです。


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山梨県側の山頂山小屋で

只前々から大阪の建築工務店の社長F氏とは二人で廻ろう・・・と約束していたので、この日は山頂泊のため、これからニ周りを実行した。
たぶん途中で暗くなるので懐中電灯持参で廻った。
日も暮れてもう人の気配もなく青百とF氏だけでした。


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遠くに富士山頂が見える


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二人で
カメラを三脚につけて撮影


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この下は滑るとお鉢のそこまで墜落してしまう!


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残雪の壁の近くで


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真夜中の富士山頂

富士山頂測候所のある地点まで到着しました。
あたりはもう真っ黒な世界です。 
本当に二人の世界でした。
やっと富士山頂山小屋・浅間神社のある地点までもう少しのところです。
前々から大阪の社長F氏と約束をしたので、お鉢めぐりをニ廻りもしてしまった。

皆さん! 
真夜中の“富士山頂お鉢めぐり”は非常に危険なので絶対やらないで下さい。


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富士山頂山小屋「富士館」の小屋裏で

無事二周り目のお鉢めぐりをして、皆のいる山小屋に合流した。
この日は登山客が多く泊まっていて寝る場所がないので、止む得ず特別席の小屋裏で全員寝る事になる。
翌日の冨士山頂からのご来光を楽しみに、夜も耽るまでお酒を飲みながら歓談した。
私は山頂山小屋で初めて寝る事になったが部屋は狭いし、布団はジメジメして寝られなかった事を憶えている。

青百記





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9.富士山登頂1990.7.28  

9.富士山登頂1990.7.28

この年は大成建設鰹Z宅事業本部傘下の住宅販売会社の社員を連れて行ったときのものです。


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ブル中継休憩所(7合目)
ここで一休み、トイレ休憩


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ブル中継休憩所(7合目) 標高3,000m地点
この地点あたりでおかしくなっていなければ頂上へ行っても高山病にはかからない。


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さあ一休みしてブルに乗り、頂上へと向かう。
ブルの幌の上は非常に見晴らしがいい。 但し幌のロープをしっかり掴っていないと墜落の恐れがあるので注意。


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ブルの幌の上
富士山頂が見えてきた。 あともう少しだ!


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富士山頂前(1)
富士山頂をバックに青葉の百姓の長男(中1、4回目)次男(小4、3回目)を撮る。
今回初めて長男が高山病にかかる。その反対に弟はいたって元気だ!


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富士山頂前(2)



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登頂・お鉢めぐりスタート
冨士山頂に向かって自力で登り、登頂後富士山頂お鉢めぐりを目指す。


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馬の背
冨士山頂最大の難関、急斜面の“馬の背”の途中で長男がダウンする。
弟は兄貴は大丈夫なのかなあ〜〜と後ろを振り向く。


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同上ダウンした所のクローズアップ

高山病にかかったら、目はうつろになり、動作が鈍くなり、眠くなる。
長男は軽い症状なので何とか頑張ってお鉢めぐりも完歩した。
高山病になると治しようがなく、ただ気圧の濃い標高3,000m地点まで降りるしかないのだ!
弟はそそくさ登って行ってしまった。


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富士山頂一歩手前地点

次男坊が先頭、長男は二番手で登頂した。
次男坊は2年前に初めての富士山登頂では高山病になったが、今回はいたって元気で嘘のようでした。


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富士山頂(1)
富士山頂記念碑の前で


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富士山頂(2)


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富士山頂(3)
長男はボケーッとしているが、次男は反対にいたって元気だ!


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富士山頂(4)
お鉢の中をバックに撮る。


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富士山頂お鉢めぐり(1)
お鉢めぐりの丁度反対側地点、ここは山梨県側です。


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富士山頂お鉢めぐり(2)
会社の同僚と一緒に・・・


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下山中(1)
次男坊、今回は常に先頭をきっている。 


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下山中(2)

大砂走りの一歩手前で休憩をとった。
次男坊は最後の最後までこの調子だった。

長男(中1)は富士山登頂4回目次男(小4)は富士山登頂3回目を経験する。
これを最後に二人は富士山を登頂はしていない。

青百記




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8.富士山登頂1989.8.6  

8.富士山登頂1989.8.6

大成建設鰹Z宅事業本部建築部有志を誘い登頂する。
前日夜、民宿を出てカラオケを歌おうと言う事になり御殿場の飲み屋街へ行く。
フィリピンパブの店に入り1人@5,000円だったが、明日の富士山登頂を控えているため軽く飲んでカラオケを歌う事にした。
サービスも良く感じが良い店でした。


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フィリピンパブの店(1)
青葉の百姓、挨拶のあとカラオケを歌う。


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フィリピンパブの店(2)


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フィリピンパブの店(3)


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8合目ブル待避所(1)標高3,000m

翌日御殿場地方の天気は最悪となり、中止になるかもしれないが皆の意見により兎に角ブル基地まで行く事になった。
ブルの親父は山頂までは外へ出られないかも知れないが、行きたいなら乗せるよ・・・となり、折角2ヶ月前からの登頂予定でもあり全員ブルに乗った。
この写真は8合目ブル待避所内での全員写真


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8合目ブル待避所(2)標高3,000m

ブルの親父は危ないから全員ここで待機するように言われて待機する事になったが、ブルはこの大雨、突風の中、気象庁測候所や各所山小屋の食料を積んでいるので登っていった。


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8合目ブル待避所(3)標高3,000m

何も出来ないで待つ事約1時間半、最悪の天気になった。
外を開けると視界5mくらいしか見えず、風速30m位の横殴りの雨は降り続いている。


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8合目ブル待避所(4)標高3,000m
皆呆然として、ただただ待機するのみでした。


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8合目ブル待避所(5)標高3,000m
青葉の百姓長男(3回目小6)次男(2回目小3)、この狭苦しい小屋の中でじっとしていた子供はもっともっと退屈だったと思う。


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8合目ブル待避所(6)標高3,000m

約2時間近く待っただろうか! 外からブルの排気音が聞こえて来る。
やっとブルの運転手が山頂まで行って戻って来たが、その顔は涙にまみれずぶぬれ鼻水はポトポト落ちてくるブルの運転手の悲壮な姿を見てしまった。
ブルは仕事とは言え、天候で一変した富士山山頂を登って行かなければならない事もあるのだな〜〜〜と思い強烈な印象が残る。
心の中で本当にご苦労様と言ってしまった。


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6合目辺りの急斜面

皆でブルで下山する事になったが、
折角ここまで来たのだから天候の悪い富士山の下山も経験しますか?・・・と聞いたら約半分の方が歩いて下山したいと言う事になった。
二人の息子は危険でありブルに乗せ下山させる。
悪天候で下山する仲間達は全員手を繋いで視界5m風速30m強横殴りの雨の中、突入して下山した。

もうここまで来れば安心、雨も少なくなり、霧も浅くなり記念写真を撮る。
青百、富士山登頂20数回の中で多少は天気の悪さはあったがこの年は最悪でした。

青百記




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7.富士山登頂1988.8  

7.富士山登頂1988.8

大成パルゼットに赴任して工事関係者との第2回目の登山記録です。


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今回青百の長男、次男を連れて行った。

真ん中にいるのが長男小5(冨士登頂2回目)、右側にいるのが次男小2(初登頂)、左側にいる方は工事担当者。


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途中ブルトーザ休憩


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8合目辺りか? 標高3,000m。 
この辺りから次男が初めてでなれないせいか高山病にかかってしまい、山頂手前であくびばかりしてぐったりしてしまった。


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富士山頂手前付近

登頂したものの残念だが副リーダーに“お鉢めぐり”を任せて、次男と山頂でブルトーザが下山するまで待ちブルトーザに乗り標高3,000mのところのブル休憩所まで降りる事にした。
この辺りは高山病になるかならないかの分岐点で高山病になったらここまで降りると大体は直ってしまう。
(そこで仲間達が下山するまで2時間ほど待機する事になる)

右下に頭だけが見えるのがダウンした次男坊です。
山頂に見える白いドームは、東海道新幹線でも見ることの出来る富士山頂測候所のドームです。
今は取外されて山中湖の近くの道の駅「冨士吉田」の脇に記念館として移設された。


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富士山頂。
山頂及びお鉢めぐりの写真は仲間が撮ってくれた画像です。


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富士山頂測候所付近


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お鉢めぐり(1)
丁度半分ぐらい廻ったところ



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お鉢めぐり(2)
山梨県側の岩だらけの道で気をつけないと転落しそうな所です。


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お鉢めぐり(3)
ホット一息休憩


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お鉢巡りを終わり、富士山頂の山小屋、冨士館に着く。


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富士山頂浅間神社付近の休憩所


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富士山頂浅間神社鳥居


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7合目辺りの休憩所

8合目のブルトーザ休憩所で皆と合流し、少し降りたところで休憩する。
次男坊は8合目まで降りてくると気圧が変わりコロッと元気が出てきて、皆が降りてくるまでの待機時間の2時間は退屈そうだった。
もうここではすっかり元気になっていた。


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長男坊(小学校5年生)


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大砂走り下山中(1)


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大砂走り下山中(2)、
全員で記念撮影、ここでは次男坊(中央)、気圧が変わりすっかり元気になっている。


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大砂走り下山中(3)
5合目辺りか、次男坊は常に先頭を走っていた。

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大砂走り下山中(4)

ここでも左下に帽子だけが写っている。
富士山は降りてから1週間くらいは足腰が痛くて、もう金輪際冨士山山頂へは行きたくない・・・と思うが、時が経つとすっかり忘れて叉登頂したくなる山である。

とにかく富士山は“不思議な魅力”を持つ“山”であることは確かだ!!

青百 記



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3.富士山登頂1984.8.1  

3.富士山登頂1984.8.1

山梨県北杜市大泉にあるNMC且R梨工場増設工事をしていた時に同工場長とF設計担当者を富士山頂へご案内した時の記録です。


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ブルトーザー基地で出発前の記念写真


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この辺はかなり急勾配だ!


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ブルトーザーの荷台についている幌の上に乗ると最高の見晴らし台となるが、気をつけることは運転中は幌から墜落しないようしっかりロープを握っている事とブルトーザーの排気ガスの出るところの近くにいない事です。
この写真は休憩時の写真ですよ。


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富士山頂で


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富士山頂測候所内部(1)
気象庁山頂駐在担当官の説明を受けている。


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富士山頂測候所内部(2)
気象庁山頂駐在担当官の説明を受けている。

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富士山頂お鉢(噴火口)写真(1)
墜落したらひとたまりもない蟻地獄のようです。

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富士山頂お鉢(噴火口)写真(2)


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富士山頂お鉢(噴火口)写真(3)


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富士山頂お鉢(噴火口)写真(4)


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富士山頂お鉢(噴火口)写真(5)


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富士山頂お鉢(噴火口)めぐり(1)


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富士山頂お鉢(噴火口)めぐり(2)


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富士山頂お鉢(噴火口)めぐり(3)


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富士山頂山小屋、冨士館


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下山開始


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下山中(1)


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下山中(2)
9〜10合目付近は急勾配と大石が多く落石転倒に注意したい。


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下山中(3)
下山で最終地点のなだらかな斜面は、足が笑ってしまうと言う表現がぴったり、もう惰性で降りているようなもんだ!!


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ブルトーザー基地の近くの売店で無事下山を祝いビールで乾杯。
山頂での高山病(酸欠者)にかかった人もなく、皆無事下山し一安心でした。

青百記



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1.富士山登頂1983.8.27  

1.富士山登頂1983.8.27

今まで東京のど真ん中(銀座・築地)で仕事をしてきた私は、縁あって山梨県内全域担当の作業所長として赴任する。
丁度その時、富士山山頂測候所のメンテナンス工事もしていた関係上引継ぐ事になった。

赴任して間もなく当時韮崎でTEL社の工場建設も担当する事になり、そのTEL社の若い社員をつれて富士山山頂測候所の建設現場の調査に行った時の記録です。


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ブルトーザ基地のある太郎坊(1合目)より、2台のブルトーザに乗り一路富士山頂へ向かう(その1)。


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富士山頂へ向かう(その2)。
ブルトーザ基地から30分もするともう樹木が生えていない砂漠地帯となる。
生えているのは山アザミがポツンポツンと生えているだけ。


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富士山頂へ向かう(その3)。
左の見えるこぶ山が宝永山でその右側に白く大きな線が見えるのが、下山ではこの道を富士山頂から一気に下山する大砂走り道です。


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富士山頂へ向かう(その4)。
3〜4合目付近か?


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約4時間弱で山頂へ到着。
ここでブルトーザから降り、自力で「馬の背」と言われる胸突き八丁(約200mくらい)の坂道を登ると山頂に着く。
ここは結構きつくゆっくり歩くと20分くらいかかる。


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TEL社の若い社員と一緒に撮影。
手前の左側にいるのがこのメンテナンス工事を担当したW工業且ミ長、右側が当時の私です。


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工事中の渡り桟橋。


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皆と一緒に下から持参したお弁当で昼食。
気圧が低いせいか、おつまみに持参したポテトチップやカッパ海老せんの袋はポンポン風船になってしまう。


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工事名看板。


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TEL社社員と一緒に撮影。
右側にいるのが我がT社の富士山山頂常駐のM工事担当者です。
彼は山頂に約2週間は滞在している。


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TEL社社員と一緒に撮影。
右側にいるのが私です。
ここが日本で一番高い見晴台であり、富士山頂三角点より5〜6mは高い。


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TEL社社員と一緒に撮影。


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富士山頂測候レーダードームと共に。
今はこのレーダードームは取り除かれ山梨県の「道の駅富士吉田」の脇に移設され記念館として保存している。


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TEL社社員と共に測候所の前で。


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初めて富士山登頂の富士山測候所の記念スタンプです。


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冨士山頂三角点前にある記念塔の前で、

当時山梨県建設現場の元の上司であるI工事長と共に撮影。
私もこの頃は若かった。                      
                   青葉の百姓 2005.07.31記



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