13.富士山登頂1997.7  

13.富士山登頂1997.7

この年はあまり天気が良くなくて、寒くて参りました。


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大砂走りの付近で自衛隊隊員がブルに乗って大勢富士山頂を目指し登っていった。
富士登山マラソンの後方支援ボランティアと自衛隊自身もチームを編成して参加している。
いつも上位にはくるが優勝したのは見た事はない。


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7合目付近か?


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富士山頂お鉢


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頂上付近のスナップ写真(1)
とにかく霧も出てきて、風もあり寒かった。 気温は間違えなくマイナス10度近くはあったと思う。


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頂上付近のスナップ写真(2)
富士山頂馬の背付近、体がブルブル震えてきた!
今回は厳しい富士山登頂となった。

青百記



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12.富士山登頂1994.7.23  

12.富士山登頂1994.7.23

住宅関係者で冨士山へ一度は登頂したいと言う仲間とその家族も連れた時の記録です。


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ブルトーザ基地でのスナップ写真。 撮影は朝6時頃。


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富士山頂手前付近で撮影者を除き全員です。
山頂ではまあまあの天気でしたが、雲の流れが結構早かった。


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富士山頂地点(1)


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富士山頂地点(2)


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富士山頂地点(3)


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さあ〜〜これから富士山頂測候所近くから時計回りでお鉢めぐりスタート前、足元に気をつけて出発。


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お鉢めぐりの約半分地点
これが正真正銘の「青葉の百姓」スタイルです。


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山梨県側富士山頂上浅間大社奥宮


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反対側から見た富士山頂測候所


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NTT富士山頂支社
約4分の3くらい来たところにNTTの電話ボックスがある。
皆ここで家族に無事を知らせる電話をしているところ・・・。


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下山開始(1)


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下山開始(2)

今回は頂上はまあまあの天気だったが、8合目から5合目くらいまでは濃霧の中に突入して下山する事になった。
夏の富士山は午前中は天気が良くても、13時から15時頃が霧になる事が多い。

青百記




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11.富士山登頂1992.7.25〜26B  

11.富士山登頂1992.7.25〜26B


翌日富士山頂から日の出を拝み、下山する事になった。


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“富士山のご来光”
微かに太陽が出かかってきたところ。 零下何度か判らないがとにかく非常に寒かったね〜〜〜。


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別の尾根の上に蟻のように点々と写っているのは、全て登山客です。


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ここも別の尾根です。


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太陽も上がってきて、記念に富士山頂レーダードームをバックに撮ってもらったが、中途半端な寒さではなく、被写体の顔まで凍ってしまった。


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今は亡き長野県一帯で事業していた販売施工会社社長と二人で


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さあ〜〜これから下山だ! 気をつけて下りよう・・・・。


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我が生涯の友であるF氏の記念すべきスナップ写真

何故かお遍路さんが衣装を変えてこれからどこかへ旅立つ姿に似ていませんか?


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下山途中スナップ写真(1)


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下山途中スナップ写真(2)

この年は住宅事業本部幹部と主だった関係者との大編成で、初めて御殿場一泊、富士山頂一泊、山頂よりのご来光を拝む、二泊三日の冨士山登頂でした。
2日間お鉢めぐり、岩山を登り下りし、大砂走り下山とかなりきつかったと思うが、お陰さまで何事もなく無事に下山した事、今となっては懐かしい想い出となって甦って来ます。 

             青百記 2006.1.15編集


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10.富士山登頂1992.7.25〜26A  

10.富士山登頂1992.7.25〜26A

この年は大成建設鰹Z宅事業本部の幹部、地方から来られた幹部や住宅に携わっている販売会社の社長、建築工務店の社長、大手共通業者の社長等が参加し錚々たるメンバーでした。

この時はかなりの大集団でしたし、富士山頂山小屋へ一泊の2泊3日間の登山スケジュールだったし心配でしたが、お陰さまで何事も事故なく楽しい登山でした。
私は20数回も富士山頂を経験しているが、冨士山頂泊としては今のところこの時の一回だけの経験でした。


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前夜祭(1)
例のごとく前日は御殿場の飲み屋街に出向き一杯飲みながら前夜祭となったが、こんなメンバーはなかなか集まらないし、このような機会も滅多にない事、終始和気藹々と情報交換をしながらの交流会でした。


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前夜祭(2)
私と話しをしている方は、当時長野県一帯で事業をしている住宅販売会社の社長です。
住宅事業本部に在籍していた頃は松本へ行くと良くお世話になった方でしたが、今は亡き人となってしまった。
ご冥福を祈ります。


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ブル搭乗
この日はブルを2台に分けて搭乗したが、ブルの幌の上のほうがはるかに見晴らしがいい・・・・。
手前の荷物は所々の山小屋の食料や富士山頂気象庁測候所で勤務している方達の物資と食料です。


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富士山頂手前の急坂“馬の背”
あれっ! 
四国の親分もうダウンかな?


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富士山頂
この時は結構残雪が多かった。


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山梨県側山頂

お鉢めぐりをして富士山頂測候所の丁度反対側の頂上です。
真ん中にいるのは、20年前縁あって建設部門から住宅部門へ転勤となって間もない頃、大阪へ出張した時の住宅工務店(当時は住宅を年間70〜80棟は建てていた)の社長で、宴会の席で何か意気投合し今でもお付き合いをして頂いている方です。

青百も大好きな“義理と人情”の世界に強い河内の男です。
彼もこの機会に大阪から遥々来ては数回“富士山山頂”へ登る事になる。
彼の故郷四国の“霊山石槌山”にも誘われているので是非登頂したいものだ!


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山梨県側冨士山頂


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お鉢めぐりの途中で
今回の参加者は全員“お鉢めぐり”を無事廻る事が出来良かったです。


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山梨県側の山頂山小屋で

只前々から大阪の建築工務店の社長F氏とは二人で廻ろう・・・と約束していたので、この日は山頂泊のため、これからニ周りを実行した。
たぶん途中で暗くなるので懐中電灯持参で廻った。
日も暮れてもう人の気配もなく青百とF氏だけでした。


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遠くに富士山頂が見える


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二人で
カメラを三脚につけて撮影


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この下は滑るとお鉢のそこまで墜落してしまう!


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残雪の壁の近くで


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真夜中の富士山頂

富士山頂測候所のある地点まで到着しました。
あたりはもう真っ黒な世界です。 
本当に二人の世界でした。
やっと富士山頂山小屋・浅間神社のある地点までもう少しのところです。
前々から大阪の社長F氏と約束をしたので、お鉢めぐりをニ廻りもしてしまった。

皆さん! 
真夜中の“富士山頂お鉢めぐり”は非常に危険なので絶対やらないで下さい。


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富士山頂山小屋「富士館」の小屋裏で

無事二周り目のお鉢めぐりをして、皆のいる山小屋に合流した。
この日は登山客が多く泊まっていて寝る場所がないので、止む得ず特別席の小屋裏で全員寝る事になる。
翌日の冨士山頂からのご来光を楽しみに、夜も耽るまでお酒を飲みながら歓談した。
私は山頂山小屋で初めて寝る事になったが部屋は狭いし、布団はジメジメして寝られなかった事を憶えている。

青百記





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9.富士山登頂1990.7.28  

9.富士山登頂1990.7.28

この年は大成建設鰹Z宅事業本部傘下の住宅販売会社の社員を連れて行ったときのものです。


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ブル中継休憩所(7合目)
ここで一休み、トイレ休憩


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ブル中継休憩所(7合目) 標高3,000m地点
この地点あたりでおかしくなっていなければ頂上へ行っても高山病にはかからない。


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さあ一休みしてブルに乗り、頂上へと向かう。
ブルの幌の上は非常に見晴らしがいい。 但し幌のロープをしっかり掴っていないと墜落の恐れがあるので注意。


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ブルの幌の上
富士山頂が見えてきた。 あともう少しだ!


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富士山頂前(1)
富士山頂をバックに青葉の百姓の長男(中1、4回目)次男(小4、3回目)を撮る。
今回初めて長男が高山病にかかる。その反対に弟はいたって元気だ!


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富士山頂前(2)



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登頂・お鉢めぐりスタート
冨士山頂に向かって自力で登り、登頂後富士山頂お鉢めぐりを目指す。


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馬の背
冨士山頂最大の難関、急斜面の“馬の背”の途中で長男がダウンする。
弟は兄貴は大丈夫なのかなあ〜〜と後ろを振り向く。


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同上ダウンした所のクローズアップ

高山病にかかったら、目はうつろになり、動作が鈍くなり、眠くなる。
長男は軽い症状なので何とか頑張ってお鉢めぐりも完歩した。
高山病になると治しようがなく、ただ気圧の濃い標高3,000m地点まで降りるしかないのだ!
弟はそそくさ登って行ってしまった。


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富士山頂一歩手前地点

次男坊が先頭、長男は二番手で登頂した。
次男坊は2年前に初めての富士山登頂では高山病になったが、今回はいたって元気で嘘のようでした。


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富士山頂(1)
富士山頂記念碑の前で


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富士山頂(2)


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富士山頂(3)
長男はボケーッとしているが、次男は反対にいたって元気だ!


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富士山頂(4)
お鉢の中をバックに撮る。


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富士山頂お鉢めぐり(1)
お鉢めぐりの丁度反対側地点、ここは山梨県側です。


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富士山頂お鉢めぐり(2)
会社の同僚と一緒に・・・


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下山中(1)
次男坊、今回は常に先頭をきっている。 


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下山中(2)

大砂走りの一歩手前で休憩をとった。
次男坊は最後の最後までこの調子だった。

長男(中1)は富士山登頂4回目次男(小4)は富士山登頂3回目を経験する。
これを最後に二人は富士山を登頂はしていない。

青百記




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