中国遼寧省大連で生きるおっさん

〜 「若者」もすなる「ブログ」というものを「おっさん」もしてみんとてするなり  一人の名も無きおっさんが、浅学菲才ながらも、自分の言葉と写真で、毎回一生懸命書いている大連ブログでございます 〜

 

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大気の良い日を選んで「武漢肺炎」蔓延中の大連を散歩する

「武漢肺炎」ネタで久々の更新となります。

日に日に外出制限が厳しくなる大連(中国)です。時間に余裕があるので、2月に入って日本へ、韓国へと動きました。更新も再開しましょう。

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先週の大連市中心部「青泥窪橋(大連駅)」の様子です。公共バスの「青泥窪橋駅」前で、多くの路線のバス停が集中する場所です。ラッシュアワーがまだ終わらない平日の9時の様子ですが、ガラガラです。

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ここ最近は代り映えも無く、毎日こんな感じですね。経済活動は止まっているのに、PM2.5の酷い日ばかりです。大気の良い日が少ないので、外出は大気の状況次第です。ラッシュアワーがまだ終わらない、平日9時の様子ですが、ガラガラです。写真左に写る短い行列は公共バス「2路」の到着を待つ乗客です。このご時世ですから、運行本数も減りました。

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角度を変えます。自家用車を止めるスペースも御覧のように停まっているのは数台でガラガラです。写真右に写っているのが、

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薬局です。当たり前ですが、マスクやアルコール、消毒液等は売り切れでありません。しかし写真中央左をアップすると、

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「バイアグラ」ならあります。以前のエントリーでも取り上げましたが、多くの大連の薬局で看板を出しています。需要が高いのでしょうね。

蛇足ながら、「武漢肺炎」感染者を炙(あぶ)り出すために、薬局では風邪薬や解熱剤の販売も制限がかかるそうです。熱を下げて「関所」を突破し、動き廻る輩が増えているからです。

大連のみならず、今の中国では発熱=「武漢肺炎」感染者扱い、です。普通に風邪、インフルエンザ、「旧型」肺炎、など全て「一緒くた」にされます。自宅引きこもり生活を続けていたのに発熱した場合は、病院には行かず、家の常備薬で対処することが大切ですね。

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鉄道「大連駅」最寄りの地下鉄駅となる「友好広場駅」へと向かいます。途中、写真中央、遠くに見えるのが鉄道「大連駅」です。物乞いや貧困層、外省人がダントツに多い場所なので、今の時期は近付かない方が無難ですね。

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地下鉄「友好広場駅」です。旧正月(春節)をお祝いする飾り付けが空(むな)しいです

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入り口前の路線図ですが、張り紙が貼られています。

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アップです。「マスク無しでは地下鉄に乗車できないよ、皆で武漢肺炎に打ち勝ちましょう」の通知です。

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地下鉄には乗らず、再び先程の公共バス「青泥窪橋」駅に戻り、バスに乗ります。全てのバスの乗車口にも張り紙が貼られています。やはり「マスク無しでは地下鉄に乗車できないよ、皆で武漢肺炎に打ち勝ちましょう」の通知です。

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で、バスに乗ると運転手さんはこんな感じで、「全身防御」態勢です。肌の露出は殆どありません。年明けに『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』を見ていただけに、映画『スターウォーズ』に出ていたキャラクターを連想しました。

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バスで二駅移動し、今回の大混乱の「震源地」である武漢市から名前が採られた「武昌街」駅で降ります。交通量は少なかったですね。アクセスはこちらです。日本統治時代の名は「逢坂町(おうさかまち)」です。

日本統治時代は大連「三大遊郭」の一つであった場所です。性風俗エリアですね。残りの日本統治時代における大連最大の遊郭地は「小崗子(しょうこうし)」と「旅順支那町(しなまち)」です。写真中央、左右に広がる古い建物が当時の建物です。右端に写っている建物の三角屋根が目を引くんですが、

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日本統治時代の絵葉書です。ちゃんと右端に確認できますね。

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「遊郭時代」の建物街は、「武昌街」の隣の通りの「一面街」から入ると良いでしょう。入り口です。真っ直ぐ行けば一通り見られます。

今現在は性風俗エリアではありません。当時の建物に一般の方々が住んでいます。入り口(玄関)は全て裏にあり、通りに面した箇所はほぼ全て格子窓です。当時はこうして通りから「嬢」を見定め、こっそりと裏にある入り口から入店したわけです。今は一般住民の方々が住んでいるので、「軍事施設エリア」同様、写真撮影は控えた方が賢明です。見るだけにしておきましょう。それがマナーというものです。

以前、エントリーにも書きましたが、当時(1930年=昭和5年)出版の性風俗案内本(笑)である『全国遊郭案内』で当時の様子が「学べ」ます。「国立国会図書館デジタルコレクション」にお世話になりましょう。無料で誰でも見られますよ。こちらです。

当時の大連は日本でしたから、目次で外地(がいち)のページを見ます。左上のコマ番号だと「9」です。台湾、朝鮮、関東州(満州)のところですね。480ページから三連チャンで「大連遊郭」の解説とガイドが始まります。「大連小崗子(しょうこうし)」、「大連逢坂町(おうさかまち)」、「旅順支那町(しなまち)」ですね。左上のコマ番号だと「246、247、248」ですね。

これまた蛇足ながら、『遊廓に泊まる』の著者、関根虎洸さんは、ここ「武昌街」&「一面街」の遊郭跡を見て「遊郭取材」に目覚めたそうです。こちらです。

今は「武漢肺炎」が原因で「時間のある時期、忙しくない時期」です。またバスや地下鉄、街角、商業施設、広場・・・、どこに行ってもうるさい「支那人」も皆無です。中国の書『史記』、『戦国策』には「災い転じて福となす」という言葉があります。興味を持った事や日頃出来ない事、「勉強」、に時間が費やせる時ではないでしょうか。

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私は日本統治時代の大連市史の再読です。上手く時間を使いたいですね。

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投稿者:dalian4649
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