中国遼寧省大連で生きるおっさん

〜 「若者」もすなる「ブログ」というものを「おっさん」もしてみんとてするなり  一人の名も無きおっさんが、浅学菲才ながらも、自分の言葉と写真で、毎回一生懸命書いている大連ブログでございます 〜

 

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酷寒の中、ガラガラの付家庄公園と老虎灘景区を散歩

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

いろいろありまして大連に残っています。久しぶりに大連で過ごす年末年始です。最悪です(笑)。

大晦日は年越しそばのために、久光百貨店(香港そごうグループ)の地下スーパー「生鮮館」に行きました。入り口前に特設コーナーが設置されていて、年末年始の御用達食材がいろいろと豊富にありました。本当に助かります。

そこで蕎麦2玉(1玉15元=約183円)とそばつゆ1パック(10元=約122円)、かき揚げ1つ(5元=約61円)を買い、自宅で作って食べました。ついでに巻き寿司(10元=約122円)も買いました。店員さんは日本人で親切な対応でしたね。これにビールで腹も膨らみ、仕事の疲れもあって夜10時には就寝、そのまま朝まで寝てしまいました。

元旦は携帯電話の電源を切って「寝正月」に徹しました。外の風も強かったですしね。とりあえず家族と長電話をして新年の挨拶。「お雑煮食べたい〜、おせちが食べたい〜」と散々訴えました。

今日は風が止んだので午後から散歩。家から1元(=約12円)バスに乗って15分ほどの付家庄公園です。海浜公園なので海があり、新鮮な空気が吸えます。「逃避」のため、しょっちゅう来ていますが、正月は初めてです。私は2003年、この町に着任して(飛ばされて)、住みたかった場所(家の希望)がここの辺りでした。大連日本人学校もここの近くですね。良い環境だと思います。

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入り口です。巨大な貝のモニュメントです。

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一応、国家重点風景区です。左の自転車は「糖葫蘆」という食べ物を売り歩く商人のものです。「糖葫蘆」とは日本的に分かりやすく言えば縁日で売られているリンゴ飴です。で、リンゴの代わりにサンザシが使われているのが最も一般的ですね。値段も1〜4元といったところです。この「糖葫蘆」屋さん、昭和的で個人的には好きな存在、好きな風景ですね。

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園内はガラガラです。気温もマイナス6,7度ですから当たり前です。なお、左右の人間はモニュメントで本当の人ではありません。

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こんな感じです。

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とにかく人、人、人、の中国において、この「静寂さ」は貴重です。

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水はそんなに汚くないでしょ?

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写真左端、磯遊び?している人が居ます。行ってみます。

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磯からの風景です。

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静かでしたね。癒されました。

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バスに乗って老虎灘景区に移動。「解放路」駅下車後、軍艦の前を通り過ぎます。中に入りたければチケット20元(=約245円)です。

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後ろからのショットです。

蛇足ながら、日露戦争で活躍した戦艦「三笠」は、NHKドラマ「坂の上の雲」のおかげで入場者も、39年ぶりに年間18万人を超える勢いだそうで(下記「参考記事」参照)。横須賀なら家からもそう遠くはないし、帰国時に行ってみたいですね。

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のんびり歩いて着きました。左後方に移っているのは灯台です。

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灯台を右に移してのショットです。静かだし空気は良いし住民は羨ましいですね。

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名物の虎のモニュメントです。継ぎ目だらけで完成度は低いですね。観光客ゼロ!

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角度を変えて、もう一枚。

2ヵ所共に日本統治時代から人気の海浜公園です。日本統治時代はどんな感じだったのかな。

付家庄公園の方ですが、暖かい時期は一日中、暇そうなお年寄りが居るのですが、以前、この方たちの中の一人と話しをしました。毛沢東の大失政=「大躍進政策」時代で餓死者続出だった時、皆はここに来て、流れ着く海藻類を拾い、食べて空腹を満たすと同時に栄養も取り、餓死を免れた、という話を聞きました。餓死者5000万人の時代を経験した方にとっては「忘れられない、命の、大切な地元の海」なんだそうです。

特に何もすることが無い正月休み2日目でした。

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参考記事:
戦艦「三笠」再び脚光 ドラマ「坂の上の雲」人気で

 日露戦争の日本海海戦(1905年)で活躍した戦艦「三笠」が、NHKドラマ「坂の上の雲」をきっかけに再び脚光を浴びている。復元され、神奈川県横須賀市に展示されている記念艦の入場者は、39年ぶりに年間18万人を超える勢いだ。
 横須賀港近くにある三笠公園。今年最後の“開艦日”の27日、三笠の艦橋(艦長らが指揮を執る場所)の前には、記念写真の順番を待つ家族連れやカップルの列が出来ていた。足形に合わせて立つと、連合艦隊の司令長官・東郷平八郎の気分を味わえる。
 神奈川県鎌倉市の小学1年、相川剣里くん(7)は「意外と小さい船なんだね」と母の美絵さん(38)と顔を見合わせた。歴史マンガで興味を持ち、日露戦争をテーマにしたドラマ「坂の上の雲」に、両親と熱中した。「三笠を見たい」とねだり、連れてきてもらった。
 ロシアのバルチック艦隊を破った連合艦隊の旗艦だった三笠。1925年に保存が決まり、太平洋戦争後は大砲が撤去されるなどしたが、61年、有志の寄付で復元された。
 復元当初は全国から観光客が訪れ、見学者は年間30万人に上った。その後、減少傾向が続き、ここ10年は10万人前後で推移していた。
 だが、2009年に「坂の上の雲」の放送が始まると、人気は復活。今年度は12月末までに約15万人が訪れ、年間18万人を超えるのは確実という。司馬遼太郎が原作小説を新聞に連載していた72年度の水準だ。
 管理する「三笠保存会」事務局長の豊崎健二さん(66)によると、20〜30代の見学者が目立つようになり、「歴女」が男性に説明するカップルが増えたのも最近の傾向という。
 豊崎さんは、「日露戦争の当時も、現在も大変な時代。『このままでは日本という国がなくなる』という危機感や、『がんばろう』という思いが共感を呼んでいるのではないか」と話している。
 新年は元日から見学できる。
2011年12月30日
http://www.asahi.com/showbiz/tv_radio/TKY201112280199.html

投稿者:dalian4649
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