中国遼寧省大連で生きるおっさん

〜 「若者」もすなる「ブログ」というものを「おっさん」もしてみんとてするなり  一人の名も無きおっさんが、浅学菲才ながらも、自分の言葉と写真で、毎回一生懸命書いている大連ブログでございます 〜

 

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バスの中でスリ「事件」に遭遇する(4)

前回の続きです。

 

さて、この国の一番厄介な点が「言論不一致の日常化=嘘、矛盾の日常化」という点です。「嘘、矛盾」が当たり前のように、至る所に氾濫しており、このことに関して、罪悪感が「全く」無いので、結果的に正義、真実など無いのです。当然、ここで生活するには人民、外国人問わず、「真とは何か」を見抜く力が求められます。ですから誰もが「己」の、真実(「嘘・本当」、「偽物・本物」など)を見抜く「眼」というものを最も信頼します。この「己の眼」の絶対化は「自己中心主義」、いや大元である「中華思想」という考え方と繋がりがあります。これだけ「言論不一致の日常化=嘘、矛盾の日常化」の社会となると自分が一番正しいと信じる。いや信じ「ざるを得ない」のです。その上、「性善説」社会などは触れる機会も無いし、乏しいです。ですから人民、中国政府は自己主張が強いし、それを絶対視しています。それこそが当たり前(=常識)だと思っているのです。主張を曲げる(相手の主張=嘘、偽物・・・に妥協する)などということは頭の片隅にも、いや絶対に無いのです。

 

3、「協力しない、人助けしない」

正義感を出してはいけません。もしあなたがトラブルに遭遇、そしてそのトラブルの状況、現状を自分なりに冷静に判断し、その場の「劣勢、弱者(=被害者)」を助けたからといって、それは「あなた」という一個人の判断に過ぎないのです。別に評価されないし、感謝もされることが無い(少ない)という事です。これはまだ良いとして、運悪ければあなたが自分では、いや「人として」良かれと思って行動した決断が逆転。「クロ」と判断される事があります。

現在、中国では超格差(文盲、経済的・・・)社会、そして進行中、そして更なる加速化中、なだけに、「人は見た目で判断しろ」という鉄則があります。あなたが多少なりともお金を持っていると相手に判断されたら最後、助けてあげたはずの「劣勢、弱者(=被害者)」からも何と(!)裏切られ、「嘘方便」であなたが何と(!)犯人にすりかえられるのです。

また、真犯人は逃げてしまった、もうどうしようもない、お上も相手にしてくれないだろう、自分には頼る人もいない、じゃあこの「見知らぬ」親切な人を「嘘方便」で「悪」人に仕立てるか、このようなこの国の常識=「性悪説」を逆手に取った犯罪も少なくありません。相手が「日本人」のあなたならこの国では「悪人」ということになおさら説得力も増します。悲しい事ですが。

もちろん最近は人民もこの2例に関しては「学習済み」のようで、これに関しては実例が一つありましたので下記「参考」に載せておきます。

 

救急車を呼んであげようなどは以ての外です。この国は「拝金主義」であるという事は何度も言っている事ですが、救急車は有料です。また救急車が来ても、まず一番最初に救急隊員から確認される事は「金(救急車代&治療費)をちゃんと持っているか?」という事です。信じられない(笑)?!大連、いや中国でお世話になった(事故、怪我、病気)経験のある日本人はちゃんと知っています。見知らぬ人のために善意、いや「人として」救急車を呼んであげる。それはこの国の解釈ではこの見知らぬ人の世話を労力、金銭面などを最後まで「全て」請け負うということです。ですから多発する交通事故現場、喧嘩などの現場で人民は、例え相手が流血していようが、倒れていようが見ているだけ(=野次馬)というのが普通なんです。いや当たり前なんです。これまた悲しい事ですが。せめて「人として」手伝うのなら「電話番号非通知、嘘方便」でとりあえず救急車を呼んであげる。そのぐらいです。悠久の歴史を誇り、古代より偉大な人物を何人も輩出してきた中国。しかし今や「道徳」は崩壊、いや崩壊せざるを得ないというのが現状でしょうか。

 

ゲームの影響もあって日本でも広くお馴染み、中国の「四大名著」の一つ『三国志演義』を見てみましょう。

日本とは違い、魏の曹操は何故こちら大陸で人気があるか、その理由の一つに彼が青年時代につぶやいた言葉「我が人に背いても、人が我に背く事は許さない」という言葉が現在の中国の「現状、現実」にとても合致しているというのがあります。

また蜀の関羽も何故中国のみならず中華圏、いや世界中の中華街では神に祭り上げられるほど神格化され、人気があるかというと「義理堅く、信義に厚い」という中国云々の狭い枠にとらわれず「人間として」立派、そうありたい、いやあるべきだというのがその理由の一つです。現在の中国に、いや「人間として」の「理想」にとても相応しいというのがあります。

 

あなたがもし中国と何かしら関わりを持つなら今のこの中国社会、人、に「関羽型」、「曹操型」のどちらを当てはめますか?どちらも必要でしょう。ただ「理想」と「現実」この二点の理解、そして違いをしっかりと見極め、自分なりに分析し、処世術として生かす。これこそが国益、ビジネスの利益、そして自己の成長・安全・・・。「益」を求める者の必要最低限度の行動、「成功」への道だと思います。

 

「お人好し、いつでも笑顔で接する日本人」。日本人として、いや人間として、「正義、善意、義理、人情」を振りかざすのは結構ですが、それを中国に来てまで振りかざす、いや当てはめる、絶対視するのはいささか疑問です、そして危険です。良かれ悪かれ「現実主義」をモットーとする中国人は「理想」と「現実」の区別はしっかりと出来ています。江沢民の故郷(お膝元?!)で起きたこの事件(下記「参照」)も、「今の世の中、善人はバカをみる」と「圧倒的」に「現実」が支持、擁護されているようです

 

「郷に入っては郷に従え」

「敵を知り己を知らば百戦危うからず」

あなたは出来てますか?考えた事がありますか?他人に説明できますか?

 

この国の「郷」、それも「最小限基本編(4か条)」ぐらいはやはり再確認が必要ですね。

 

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参考:

若者の老婆心?転んだ老婦人抱き起こしたが、「やめとけ!」で手を離し…―江蘇省揚州市

 

 2008118日、江蘇省揚州市で前日に発生した事件を、同省南京市の「揚子晩報」が伝えた。
 今月17日早朝、73歳の女性が野菜市場の入り口付近で足を滑らせて転んでしまった。立ちあがろうにも、膝に力が入らず立ちあがれない。これを見ていた1人の若者が、駆け寄って助け起こそうとした時に、若者の連れの男が「手を離せよ!ばあさんがお前のせいで転んだなんて言い出したら、面倒だぜ!」と大声で叫んだため、若者はとっさに老婦人から手を離してしまった。
 もともと足に力が入らず、全体重を若者に預けていた彼女は、突然支えを失ったため勢いよく前方に倒れこんでしまった。彼女を病院へ運んだ家族の話では、1度目の転倒ではたいしたケガにもならなかったのに、2度目の転倒で大腿骨頭粉砕骨折のほかに足と手も骨折していたという。
 この事件に関し、中国のネット上では若者の行為をめぐって投票や書き込みが盛んに行われているが、「今の世の中、善人はバカをみる」と若者を援護する意見が圧倒的に多い。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080121-00000019-rcdc-cn

 

投稿者:dalian4649
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