2011/2/21

読書日記.48  その他

<乱読王の読書日記.48>

グリーンライト 仄かに
雨に光るアスファルト
テールランプ 数えるお前の無表情
空っぽな瞳をしてる 俺たちが悲しい
壁に傾いてる風景画ひとつ


0120
退勤後、携帯に電話があり、東梅田駅改札でE嬢と待ち合わせ。堂山町まで歩き、韓国料理の楽韓堂へ。そこで食べた後、中崎町にある某BARで酒。BARの後、中崎町の路地で甘いひととき。甘く優しい女の香り。終電で別れる。

0122
夕方まで部屋の本棚の整理をして、夕方より梅田へ。紀伊國屋の入り口で年上のGFのS女史と逢い、梅田TOHOで、映画「ノルウェイの森」を観る。どうなんだろな。松山ケンイチも菊池凛子も悪くない。しかし原作を7回読んだおれとしては違和感がある。監督がベトナム出身のトラン・アン・ユンだからか。イメージ的な場面が多すぎて、シーンとシーンの時系列がはっきりしないこと、菊池凛子扮する直子が精神を病み、自殺に至るまでの映像的説明に難があること。レイコさんが心に傷を負い、療養所に入ること、娘と主人と離れて暮らしている理由が、原作を読んだ者にしかわからいなことなどが問題ではなかったか。村上春樹ファンのS女史も「うーん」と言っていた。その後、某レストランで夕食。俺はポークステーキ、S女史はカニクリームコロッケ。ペリエと赤ワインを注文する。夕食の後、DD−HOUSEのビール専門店へ。おれも少しだけビールを飲む。S女史とは深夜に別れる。帰宅して、朝まで部屋と本棚の整理。

0125
退勤後。旧知のデザイナーの真宮くんと芝田町のがんこ寿司で鍋。彼の希望で味噌味の寄せ鍋にした。鍋をつつきながら、最近のクリエイティブの在り方についての話。おれも彼もインターネットから得られる情報がすべてではないと考えている。マーケティングもまた同じ。話は哲学にまで及び、近所にあるBARエスプリに行って話は続く。現在、一時的に哲学は流行っているけれど、日本で哲学という分野が根付かないのは、日本に宗教的バックボーンがないからだとおれは思っている。真宮くんと話をしながら、昔はよく彼とディベート(議論)をしたなあと懐かしくなった。終電で真宮くんと別れて帰宅。シャワーを浴びてから、布団の中で本田直之の「レバレッジシンキング」に関する本を読む。

0129
土曜出勤。終日、会議の資料作り。退勤後、梅田駅近くのカフェanでJ嬢と待ち合わせ。そして夕食に某レストランへ。おれは牛頬肉のビーフシチューとじゃがいものグラタン。J嬢はブイヤベースとスペインオムレツ。この店はおれひとりでも、週末によく使用していたレストランだが、若い客層はうるさくて少し辟易。料理は悪くないんだが、そろそろ見切りをつけるべきか。仕方ないよな。その後、タワーレコード茶屋町店。おれはロン・カーターの「ジャズ&ボッサ」と、懐かしいザ・タイガースのベスト、加藤和彦の「ボレロ・カリフォルニア」の3枚を購入。カーターのCDはおれの好きな「WAVE(波)」というボサノヴァ曲が入ったので買い、タイガースのCDはやはりお気に入りの「色つきの女でいてくれよ」が入っていたため。トノバンのCDは、加藤和彦・安井かずみ夫婦の作品の中で唯一持っていなかったCDだからだ。その後、芝田町にある某BARでウイスキーを飲んで、深夜タクシーで一緒に帰る。

0205
今日はおれの47回目の誕生日だというのに午後8時退勤。営業部の林氏と一緒に帰り、夜道で立ち話を1時間して別れる。疲労でふらふらしながら、豊中の某嬢宅。誕生日を祝ってくれるのだ。今日はおれの好みで牡蠣料理をたくさん作ってくれていた。殻付きの生牡蠣、牡蠣フライ、牡蠣のスープ、どれも美味しかった。ありがたいことだ。誕生祝いに黒色のカシミヤのマフラーをいただく。本当に温かい。うれしいことだ。泊めていただく。シャワーのあと爆睡。

0208
昨年の秋より準備をしていた戦略会議を午後3時より開催。約1時間20分、参加者の前でおれが説明する。こうするべきだったという部分もあるけれど、ほぼ成功ではないか。いくつかの指摘事項はあったけれど、そんな声はどうでもいい。今日は早めに退勤。本当はどこかでウイスキーを飲んで帰りたかったけれど、明後日に検診を控えているので、帰宅して軽めの雑炊。 

0210
有休。朝から正井病院で血圧と血糖値の検査。ここ2週間の粗食のせいもあり、数値は全体的に下がっていた。ひと安心だ。帰宅後、朝食を食べてから外出。梅田TOHOで映画「GANTS」を観る。原作漫画はまったく観ておらず、予備知識なしで観たのだが、これは面白かった。二宮和也も松山ケンイチも夏菜も悪くない。よく出来た邦画だ。これは続編を観なければ。映画の後、駅前第一ビルに行き、モンゴル整体院で、久々にフヌスト師の治療を受ける。今日は珍しく40分受けた。だいぶ体は回復した。その後、書店等を何軒か回ってから、駅前ビルの北斗星で夕食。初めてトルコライスを食べる。美味しかった。夕食後、1月上旬にオーダーしていた黒いスーツを、いつもの洋服屋に受け取りに行く。先月は濃紺の無地、今回は黒と、このところ無地のスーツの注文ばかりしている。深夜に帰宅。

0211
朝食の後、外出。三宮を経て新開地を経由して湊川へ。湊川の東山市場へ行き、食材購入によく利用する精肉店で牛肺を約2キロ購入。牛肺は焼肉には向かない部位だが、煮込み料理等には抜群の美味しさになる食材だ。100gが98円という価格も湊川ならではの低価格だ。ただし、普通の精肉屋に牛肺は置いていない。牛肺2キロをグレゴリーのリュックに担ぎ、新開地を経て、神戸元町へ。栄町通りにある、鞄と雑貨の店のcluetoへ。ここの美人のスタッフの方に、ベルトのオーダーをお願いする。そして帆布のバッグをひとつ購入した。このバッグは以前から欲しかったものだ。その後、センター街のナガサワ文具ジュンク堂を経て、ミント神戸タワーレコード。ミュージックマガジン増刊号の「ムーンライダーズの30年」というムック本を購入。おれは高校時代からのムーンライダーズのファンだ。タワーレコードの後、神戸第一旭で夕食を食べ、久しぶりにジャズ喫茶のジャヴァでコーヒー。フランク・シナトラが流れていた。深夜に帰宅。

0212
昼過ぎに、京都河原町通りのルイヴィトンの前で、塾講師のE嬢と会う。赤と緑のマフラーがなかなかお似合いだ。彼女に付き合ってもらって、錦市場へ。職場のチームリーダーの田村さんの誕生日が近いので、錦市場の老舗調理道具店の有次で、小さな卸し金を購入。この店の良い所はどんな調理道具にも自分とか贈る人の名前を入れてくれることだ。おれ自身は、大根も生姜も食生活には使わないので、卸し金を使用することはない。その後、新京極をぶらぶら歩いて、かつくらで昼食。ここは京都らしい店舗で、とんかつも美味しい。麦ご飯というのもいい。おれはとんかつ、E嬢は海老かつ。かつくらの後、E嬢に付き合って、三条のよーじやへ。おれもここのあぶらとり紙と紙石鹸を初めて買ってみた。いいかもしれない。その後、イノダコーヒ三条店。おれはコーヒーとアップルパイ、E嬢はコーヒーとレモンケーキ。そこで少し懐かしい話題に終始。それから河原町近くのタワーレコードで一緒にCDを観たり、京都の和菓子を見て歩く。夕食は新京極通りの入り口にあるインド料理屋ダルシャナへ。午後10時過ぎに阪急十三駅でE嬢と別れる。

0214
バレンタインデー。会社でも女性社員と、チームのデザイナーの菊池からもチョコレートをいただく。ありがたいことだ。帰りにいつもの洋服屋に寄り、ワイシャツを2枚オーダーする。いつものように前立ては不要で注文する。帰宅すると、J嬢、渚くん、典ちゃん、瞳くんからもチョコレートが届いていた。一昨日、昨日の分も合わせると数か月分のチョコレートをいただいたことになる。昨日は専門学校時代の友人の恭子からドイツ菓子が届いていた。こんなおれに申し訳ない限りだ。みんなみんなありがとう。

0215
退勤後、珍しく真っ直ぐ箕面に戻る。久しぶりに箕面駅前のカフェへ。煙草を吸いながら、「ジャズ批評」のズート・シムズ特集を読む。ゲッツほどではないにしても、シムズのテナーサックスはおれのフェイバリットでもある。閉店する直前に店を出る。12時前に帰宅。早く退勤しても真っ直ぐ帰宅しないのは問題だ。帰宅すると、チョコレートが2個届いていた。ありがとう。

0216
退勤後、友人の真宮くんと、第三ビルの魯山でもつ鍋をつつきながら飲む。広告制作会社でチーフデザイナーを務める彼と飲むといつも広告論についての話になる。しかし後半になって、酔いが回ると彼はいつも俺にからむ。どうして結婚しないんですか、何か理由あるんですか、みたいな話に。そんな理由はおれが聞きたいよ、まったく。少しだけ回復した真宮くんと別れて、東梅田駅近くで別れる。真宮くんと別れてから、新梅田食堂街のBAR本みやけでニッカのウイスキーの水割りを飲んでから帰宅。

0217
少し早めに退勤。体調が今ひとつすぐれないので、紀伊國屋でマイケル・サンデルの「ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業」の下巻を買って帰宅。夕食に鶏雑炊を作って食べてから、机に座ってアストラッド・ジルベルトのボサノヴァを聴きながらデュワーズの水割りを飲んでいると寝てしまい、目が覚めると午前3時だった。いかんなあ。風呂に入ってから再び寝る。 

0218
退勤後、西田辺ちんどん亭。チームリーダーの田村さんの誕生日宴会。ウイスキーがなかったのでウーロン茶でお茶を濁した。10:00になり、一足先に失礼する。10:30芝田町のBARエスプリ。GFで、広告会社のアートディレクターの瞳くんと待ち合わせ。瞳くんは先に来ており、ジンライムを飲んでいた。宴会でウイスキーを飲めなかったので、アーリータイムズの水割りを飲む。少しだけ仕事の相談を聞き、あとは恋愛についての甘い話。結局、終電には乗れず、深夜タクシー。途中で瞳くんのマンションに寄り、飲み直し。明け方までフォアローゼスの水割り、瓶に入ったモヒートを飲みながら簡易ピッツアを焼いて2人で食べる。4時半にタクシーを呼んで自宅へ。シャワーだけ浴びて寝る。さすがに少し疲れた。

0219
明け方に帰宅し、シャワーを浴びて2時間半だけ寝る。さすがにきつい。でも7時過ぎには起きて出勤する。一日ゆるく働き、定時退勤。1910なんばパークス2階のアンティコカフェ アルアビス。15分ほど待ってJ嬢が来る。コーヒーを飲んでから、7階のパークスホールで開催中の開高健展へ。おれもJ嬢も開高健のファンではないのだが、俺は開高健が、寿屋(現・サントリー)の元コピーライター出身なので興味があったのだ。その後、6階のとんかつ屋のかつ邦で夕食。夕食後、なんばパークス内の和装の小物屋の&音(アンドン)を見たり、ピーナッツをそのままピーナッツバターにしてくれる店を見る。&音で、SIWAの紙ブックカバーを買う。おれはSIWAの紙製品のファンなのだ。なんばパークスの後、高島屋近くの某BARで酒。阪急の終電で帰宅。

0220
疲れていたので午後2時に起床。どうせ休みは1日だけだから構わない。朝食後、部屋を少し片付け、フェブラリーステークス。トランセンドを中心に馬券戦略を構築。結局、トランセンドが勝ち、少しまとまった金を得る。夕方、久しぶりにブラックドラゴン号に乗り、牧落のHIROへ。ドイツソーセージのホットドッグとコーヒーを注文し、18年前のSAVVYを読む。夜、肉じゃがで夕食を食べ、朝の残ったコーヒーを飲みながら、先日入手した荒井晴彦監督の映画「身も心も」のDVD(写真)を観る。一度観ているが再び観た。全共闘の時代に、同じ時間を過ごした男女4人の話。奥田瑛二扮する大学教授とその妻・かたせ梨乃、休職中のシナリオライターの柄本明、デザイナーの永島瑛子の4人の不倫映画。内容的には良かったが。おれの世代としてはどこか辛い映画だった。この年になると、おれたちは純粋な恋愛はできないのだ。 

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2011/2/3

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業  読書

すぐれた哲学講義として、ディベート資料として

以前に購入していたまま、忙しくてなかなか読めなかったマイケル・サンデルの「ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業」を読んだ。年末年始にNHKで深夜に放映されていたので、ずっと見ていたのだがなかなか興味ある番組だった。政治哲学者マイケル・サンデルがハーバード大学で行っている人気の講義を初めて公開したものだった。講義といっても大学の小さな教室で行っているのではなく、ホールなみの大きさの教室で行い、参加している人が多いのに驚く。改めて書籍化された本書を読んで、ベストセラーになった理由がわかったような気がした。

哲学という学問は、様々な分野の学問の中でも、特に敬遠されがちな、よくわからない学問として認知されている。わかりやすく言えば、徳川幕府についてはよく知っていても、鎌倉幕府と室町幕府の仕組みがわかりづらいことに酷似している。わかりやすくないか。

哲学を理解させる話として有名なのは、コップの水の話だ。コップに約半分の水が入っている。それを見た人が「ああ、もう水はコップに半分しか残っていない」と悲観するか、「まだ半分も残っている」と楽観するか、そんな話だ。要約すると哲学とは、そんな学問である。答えはない。どういった考え方をするかを追求する学問だ。

日本に哲学が根付かないのは、日本に宗教的なバックボーンがないからだと、おれは思っている。仏教徒でありながらクリスマスを祝ったりしているが、アメリカではこういうことはあり得ない。アメリカでは宗教と政治に関しては各個人がしっかとした考え方を持っている。生活の一部であるように、わが家は民主党支持、みたいな。最近の日本で哲学本が売れている理由は簡単なことだ。哲学がビジネスに直結しているからだ。日本人はビジネスの本や成功本の類が大好きだ。それが最近になってニーチェやマイケル・サンデルの本が書店で売れている理由であるまいか。

「ハーバード白熱教室講義録」の中に、こんな話がある。ブレーキの効かない電車に乗った運転士がいる。このまま直進すれば電車に気付かない線路工事作業者を5人を牽き殺してしまう。しかし途中で横によける線路があり、そこに行くと同じく線路工事をしている作業者が1人おり、やはり牽き殺してしまう。5人の命を助けるために1人を犠牲にするのか、その逆かだ。5人の命が助かるなら1人の犠牲はやむなしとする考え方、5人の命を助けるために、1人の命を“意図的な殺人”として命を奪ってしまうのどうか、という考え方。これは答えの出ない問題として放置されたままになっている、日本の死刑論に通じる。殺された被害者の人権か、死刑に怯える加害者の人権か、だ。

哲学とは常識と思われている考え方を、改めて考え直す学問だ。考える課題によっては、非常に不愉快な気持ちにもなる。でも本書の面白さは人の考え方が実に様々だと気付かせてくれる点にある。

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