実は昨日あたり、
Amazonで「断捨離」という言葉に出合う。
初耳。
ヨガの行法哲学の「断行・捨行・離行」にちなんで作られた言葉だとか。
ここで「捨てる技術」からもうすでに10年も経ってしまっていることに気づく。
そういえば、今から9年前くらいに職場で友人がこの本を読んでいて、
なんかよさそうと思ったことを覚えている。
買って読んでみていろいろ刺激を受けたけど、
あれからもう9年とは信じがたい。
あの頃の部屋も汚かったが、
今のほうがもっとモノが多くて、
ここ数年本気でとんでもないことになっている。
・・・しまった、脱線。
とにかく、
どうやらわたしの知らぬ間に新たなお片づけブームが来ていたらしい。
そんなものを見つけて喜ぶ心境でもないが、
気にならないわけもなく。
「断捨離」とは川畑のぶこさんという心理療法家の方の提唱のよう。
物置に住んでいるという感覚は確かにある。
モノが主役でわたし脇役ね、みたいな。
モノのために家賃を払ってるとかよく言うけど本当にその通り。
他人からもらったモノが捨てられないとかそれもよくある。
年賀状は捨てたことがないし、やっぱり捨てたい気がしない。
人がくれたからとか、自分がくれた物を自分は捨てられたくないから、
とかも関係しているんだろうけど、
といってその人のために生きているつもりはないし、
捨てたらその人間関係が破綻するとも毛頭思っていないけれど。
自分の中でまったく相反する気持ちがあるのは面白い。
共感もするけれど、その反対も望む。
みんな一人一人違っていいと思うし、
どれくらいやるかも自由。
たとえば、わたしはホテルとかなにもないような部屋が好きで、
昔のわたしの実家の自分の部屋はそんな感じだったのに、
今はまるで正反対。
かといってホテルほどなにもないようなとこが自分の家だったら、
なにするにつけても不自由で実質的には暮らすことはできない。
たとえば・・・という言葉を使うけど、
30億円持ってたら、CDでもDVDでも本でもほしいとき買って、
いっかと思ったら人にあげたり、どーんと売ったり、
またほしかったら買えばいい、またいくらでも戻って来るという安心感から、
気持ちを解放したままモノも解き放てる。
でも普通の人はそんなことはできないよね。
だから置いておく、というのもひとつの理由だと思う。
モノで自分を守ってるっていうとこもあるだろう。
洋服とかコスメとかアクセサリーとか、
本とか家電製品とか、趣味の道具とか、
いろいろ自分を守ってくれるものはあると考えられる。
たくさん本が積み重なってるような部屋とか、
自分のはそういう部屋になんないし、
ゆえに自分の部屋がそうだったら嫌だと思っても、
そうなんないんだからそうなんないわけだし、
だからって人のそういうのって見てて嫌だとかは思わない。
それなのに、そういうのも捨てるってことだとしたら、
なんか違うような気もする。
書庫がありますっておうちで2000冊綺麗に片づいてるのと、
1LDKで暮らしてますって人が200冊持ってるのでは、
たとえ片づいてても見栄えが違うだろう。
ホント人とか状況とかそれぞれで全然話は変わってくる。
じゃあ1LDKだったら、2000冊持っちゃいけないのか?
って問いはどうだろう。
1LDKのAさんはものすごい勉強家で読書好きで、
大切にしたい本が2000冊あって、線も引きまくりだし、
どうしてもそばに置いておきたい、
っていう人で、部屋には本だらけ。
1LDKのBさんは読書好きだけど趣味で読んでいて、
どうせ内容とかすぐ忘れるし執着してるわけでもなし、
新品でも古本でも関係ないし、ただそこに置いておくうちとうとう2000冊。
この二人が最初同じ2000冊持ってたとして、
同じ断捨離をしても、Aさんは1500冊まで減らすのがやっとで、
Bさんはこれだけはって本は結局20冊しかなくて、
驚きの20冊以外全部処分、なんて結果になることもある。
Aさん的には、それでも達成感はある。
Bさん的には、世界が変わるような心地だろう。
こだわるとこにはこだわってていいんだろうけど、
それがなんなのかで、そういうのがどれくらいあるかで、
またその大きさがどんなかで、それ以外の条件すべてで、
大分変わってくる。
おうちの大きさでも変わってくるしね。
まあ、自分にとって本当に"余計"であるものが何なのか認識できて、
それを排除できたら、
それだけでも儲けもんということだろう。
綺麗に片づけてめちゃくちゃ質素になって、
なににも気を遣わなくなる人もいれば、
物置に住んでるけど本人は元から至って質素ですっていう人もいる。
不思議なような当たり前のような話だけど、結局人それぞれなんだよね。
片づけを絶対しなきゃとか思わなくてもいいと思うし、
それをやったからどうなれるとかはみんなそれぞれ違うんだろう。
"どうなれる"の部分は別の分野であって、
そっちはそっちで別に鍛練する必要があるし。
かといってあらゆるものはすべて繋がってるしひとつでもあるから、
片づけても意味がないってことはまったくない。
結局は本人が納得してて、気持ちいいなってところへ行けることが最高なんだろうな。
わたしはわたしの本当に要らないものと対峙して、
必要なものと生きたい。
少しずつ感覚と経験で分かってきたこともあるし、
4年前とはまた違う方向へ行けると思う。
なんにしても、こういう本があるっていうことを知っただけで、
片づけたくなる気持ちが自然と湧いてくるということはすごい。
内容のよさも重要かもしれないけど、
その前にもうその存在だけで前に進めるってことだけですごい効果だと思う。
Amazonのレビューを読んでいると、
片づけ系の本を書いて支持されている人が他にも数人いるようで、
「わたしはあの人やあの人やあの人の本のほうが参考になった」
と書いている人もいて、
そんなに読んでどうするんだ、ってつっこみたくなる人もいたけど、
読むことでモチベーション維持したり、
少なくとも読んでいる間は片づけたくなるとか、
っていう効果はあるんだろうと思う。
実際、読んでる途中で片づけました、って人も結構いた。
わたしは読む前っていうか買ってもいないのに、
それだけで触発されたし。
「断捨離」に引っかかっていろいろ考えさせられたものの、
結局わたしが買って読んでみたいなと思った本は、
カレン・キングストンさんっていう人の、
「
ガラクタ捨てれば自分が見える 風水整理術入門」。
異様にレビューが多くて異様に評価が高いから。
文庫でお手頃だしね。
風水ってところに引っかかる人もいると思うけど(わたしです)、
レビューを見る限りそこはあんまり気にしなくていいよう。
起爆剤でありつづけてくれることが目的だから、
「これ、読了してから、片づけやるぞ〜!」
ではなく(まあ、どうせ読んでるうちにやりたくなるんだと思うけど)、
読みながらやるっていうのがわたし流のポイント。
とりあえず今は、こういう本の存在だけで進んでいけるから、
この力を借りてガンバロ。

3