Twitter:@arisamag2

2016/6/29

非常階段で爪を研ぐ  アニメ
 話題に出してなかったが、実は観ていた『僕のヒーローアカデミア』。

 原作は未読でして、面白かったから手を出そうかな……と思ったら近所で全然売ってないの。
 この辺は流石ジャンプマンガですな。
 アニメやっても全然売れてないくさい原作本なんて沢山あるのに。例えば『(自粛)

 ところで、なんか最近の日5枠って、ここ数年の間に1〜2クール程度放送したあと「二期決定!」なんつって放り投げたままなコンテンツの「後始末」に追われて大変なことになってきてる感じがするんだが。
 これからアルスラーンと七つの大罪を何話かやるんでしょ? で、ガンダムの続きもやらなきゃでしょ? でも多分新作も始めるつもりなんでしょ? ほんとにヒロアカの二期やってる余裕あんのかね。ハイキューみたいに深夜送りになるんかね。
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2016/6/25

販促回なのに玩具で再現出来ないデバッグやったよね?  アニメ
 都合により東京どころか地元から出られず、「そう言えばカミワザ・ワンダの玩具が発売日でした。オリガワルが気になります」と、なんとか近所の量販店まで足を運ぶも、ショットとフラッシュとカードしか売ってなくて絶望する。

 ああ、東京行きたかったなぁ。

 アニメに無い腰パネル付いてる奴にギャアギャア言ってた連中が、今度はアニメに無いディテール極力付けない奴にギャアギャア言ってる様子を生で見たかったなぁ。(←おいおい)
(私はアレは実に良いと思うんだが、可動戦士ガンダムが売れなかったのと同じでアニメに近づけ過ぎると一般的には受け悪いのかね)




 ……と、前置きが長かったが、今週の『カミワザ・ワンダ』は実に良かった。

 何が良かったといって、お膳立てが良かった。

 名前以外の記憶を失い行方不明となったワンダ、彼を亡くなった愛犬の生まれ変わりと思い「わんのすけ」と呼ぶユイ。

 再会の直前に人を驚かせてしまった為、ユイに顔を見せようとしないワンダ。

 当然、ユイの「わんのすけ」呼びに反応することもなく走り去ろうとする。

 そのときユイのとった行動は、愛犬の死を認め、彼を「わんのすけ」ではなく「ワンダ」と呼ぶこと。

 ……いや、本当にすげぇな、このお膳立て。ここに至るまでに「あ、このお話はユイの成長話だったんだ」と気付かせないところも含めて良い。

 あと、人間キャラの頭身がおかしい気がします。
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2016/6/23

キャラクターは健康的だが、作品の主旨は健康的ではないかも知れない  まんが雑文
 普段少年サンデーとか読んでないので、最近になって『天野めぐみはスキだらけ!』なる漫画の存在を知る。なんだこれ、思春期相手か。(←サンデーだしな)

 それでちょっと思ったのだが、もしかして最近の漫画界ってデブに優しすぎなんじゃなかろうか。

 ……あ、「デブ」って差別語なんだっけ。「ぽっちゃり」の方が良いのかな。「め○ら」を「目の不自由な人」と言い替えるようなもんだな。

 それはともかく、4コマ誌を読んでても、一誌に一人ぐらいは「ぽっちゃり系」のヒロインがいて健康的なお色気を振りまいているんですよ。(そうじゃないのもいるが)なんなんだろうね、これ。今流行ってんのかね、デ……ぽっちゃり系。

 この手のって、単純に主役がデ……ぽっちゃりなだけじゃなくて、周囲も男女問わずぽっちゃり好きなんだよね。そこがなんかモヤっとするというか。

 いや、別に私がデ……ぽっちゃりが嫌いなわけではなくて、そこのデ……ぽっちゃりしている貴方を責めているわけでもなければ、「デブ殺すべし」などとスレイヤー的なこと考えてたりしているとかでもないんですよ。自分もデブだったしな。(一昨年の入院で痩せてしまったが)

 そうじゃなくてですね、ダイエットと称してひたすら痩せるのと、人に不快感を与えない程度に良い感じにぽっちゃりした体型を維持し続けるのとでは果たしてどちらが苦行なのかと、ふと考えてしまいまして。
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2016/6/22

アンチテーゼと皮肉の狭間で生きる僕は  アニメ
 こないだ書いた『コンクリート・レボルティオ』最終話の感想は、オンエアを観た直後であまり租借せずにさくっと「小難しいことは考えずにメタな物語として見ていた」と書いたのですが、後日よくよく租借してみたところ、もともと小難しいことを考えるような作品ではなかったような気がしてきました。見たまんま受け止めたらいいんじゃないかな。

 例えば、人吉爾朗が何者だったかなんて、まさに見たまんまなのだろう。

 彼は、戦後の多くの創作物が少なからず影響を受けた「あの戦争」のトラウマであり。

 あまたのキャラクター達の「強さの根拠」として多用されてきた「原子力エネルギー」や「放射能」のメタファーであり。

 紙芝居から連続活劇、黎明期テレビ映画に至るまでの和製ヒーロー達の在り様を「殺害」した「カラーテレビ時代のヒーロー」の象徴であり。

 幾度姿を消しても時代が求めれば復活してきた数多のキャラクター達の精神であり。

 恐らくは、會川昇自身であり。

 そして「大人になったんだからそんなものは卒業しなさい」という言葉に反発してきた僕達自身なのだ。
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2016/6/20

前々から笑って良いんだか困る話多かったよね  アニメ
 今まで話題にしてなかったが、実は観ていた『くまみこ』。

 その最終回が、バッドエンドだとかトラウマだとか、まるで数年後のコンビニ売り蘊蓄本でネタにされそうな感想が流れてくるので、さきほどさっくり録画したのを観てました。

 ……今だとヤバいとかアナーキーとか評されることの多い『天才バカボン』に代表される赤塚ギャグマンガですが、そんな評価のない(知らない)当時に単行本を読んでいた私がぼんやり思っていたのは「”可哀想”って笑いになるんだな」ということ。

 赤塚マンガは登場人物をどんどん理不尽な不幸にあわせ、追い詰めていき、最後はその身の破滅をもってオチとする、そんな話が多かった様に思う。

 自分を犬だと思いこまされた猫、冬にスイカを食べたいと思ったばかりにパパに破滅させられる大金持ち、突然会社が倒産しやけになって社員をあげてのバカ騒ぎに興じる社長、パパやバカボンを騙そうと嘘を吐き続けたあげくそれが原因で風邪をこじらせ死ぬ男……。

 そんな、赤塚マンガの作風を、そうだと言わずに実践すると読者(視聴者)がどんなリアクションをするのか、その一例が『くまみこ』だったのかもしれない。(が、私原作知らないし、どうもこのスタッフこれがほのぼの笑える話だと勘違いしている節があるので油断ならない)
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