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2015/1/18

わるものメカ(犬とかペリカンとか)などバラバラだ  アニメ
 今期の新アニメ『夜ノヤッターマン』について。

 タイムボカンシリーズで善悪逆転と言うと、ラジオ番組にゲスト出演した山本正之氏が『怪盗きらめきマン』の「ヒーローが泥棒で三悪が警察」という設定について本気で嫌がっていたのが印象深い。「犯罪者を美化する歌詞を書くことに苦悩した」とかなんとか。
 そのラジオ聴きながら、昔とある評論家が『逆転イッパツマン』の歌詞について「“ここから正義の花道”という表現や歌い方の軽さはどうだ。山本正之は正義など信じていないのだ」と絶賛していたのを思い出して苦笑したものだ。

 それはともあれ、本作は『キャシャーンSins』『ガッチャマンクラウズ』に続くタツノコ新解釈路線の系譜ということになりますが、ネット見てると皆さん、これらの作品をジャンルとしてどう呼称して良いのか考えあぐねている様子。
 リメイクもスピンオフも続編もいまいちしっくりこないよね。
 まあ今回のヤッターマンについては……アメコミで言う「エルスワールド」が一番ニュアンスが近いのかな。「ヒーローがゾンビになったら」とか「バットマンが吸血鬼だったら」みたいな感じの一連のアレですね。元祖ヤッターマンの続編として考えるには、あのガンちゃん達がドロンボーに勝利したからって王国作らないだろうし作れないだろうから当てはまらない。「王国を作ったということにして……」というエルスが入ってくるわけだ。

 そんな本作について「わざわざヤッターマンでやらなくてもオリジナルで良いのでは?」との意見もある。その辺は、例えばGガンダムや龍騎は「ガンダム(仮面ライダー)同士が戦う」からセンセーショナルだったのと同じで、まったく新規のヒーローが堕落して悪になったところでそれは視聴者にとっては「最初から悪役」で何の面白味もない。
 だからヤッターマン(或いは何らかの既存のヒーローキャラ)でやることには意義があるのだろうよ。

 ただ、タイムボカンシリーズって長い歴史の中で「登場人物の大半が根は良い人」って感じになっていった(タイムボカン〜ヤッターマン初期ぐらいまではそうでもなくて三悪もそれなりに非道でした)ので、善悪逆転と言われてもピンとこないところがある。世間の下馬評に「最終的には本物のヤッター子孫と新ドロンボーが協力してキングダムに巣食う真のラスボスを倒すんじゃないか」と言う予想があるけれど、旧シリーズから相応しいラスボスを探そうとするとコン・コルドー会長ぐらいしか浮かばない(笑)。

 第一話の印象としては、あらすじ聞いた時点ではもっとジメっとした暗い話を想像していたのですが、実際の内容はカラっとした雰囲気。
 多分、母親死んだ件もあまり引きずらないんじゃないかな。ヤッターマンが直接母親を殺した形にしなかったところにユルさを感じるのよ。
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2015/1/18

時事ネタ  雑記作文
 ……あの歌手の紅白やら年越しライブやらについての謝罪を見ていて唐突に悟った気分になったのだが、反権力で商売する人達って「権力を叩けば庶民から称賛される」と短絡的に考えていて「その権力を支持している庶民からの反発を受ける可能性」について頭が働かないものなのだな。

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