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2015/1/17

歴代の忍者もあまり忍んでなかった気はする  映画
 映画『烈車戦隊トッキュウジャーVSキョウリュウジャー THE MOVIE』を観てきました。

 早速のところ申し訳ないが、当ブログ史上最悪の暴言を吐いてしまって良いでしょうか。あ、映画がつまんなかった的な話じゃないです。個人的な問題です。




 …………なんか飽きちゃったな、VSシリーズ。

 今回観ているうちに自分がこのシリーズに飽きているということを実感してしまった。
 なんかもうトッキュウとキョウリュウが顔合わせしているシーンが既に眠いの。「ヒーロー大戦映画とかで顔合わせの機会なんぼでもあったんだからさっくり流せばいいじゃん。今更段取り踏まえんなよ」とか思っちゃう。

 そんな感じでVSだけでなくヒーロー競演映画が増え過ぎて特別感が得られなくなったってのも大きいのだろう。テレビでやれば良い程度の一エピソードをわざわざ映画館で観ている錯覚に襲われるのだ。

 まあ、私が飽きてるのはどうでも良いんですが。近くの席の子供は大喜びでちょっとうるさいぐらいに興奮してらしたし。それなら良いのよ。

 さて、気を取り直して感想。

 今回のお話はゲスト悪役「創造主・デビウス」がトッキュウジャーの力が通用しない相手ということでキョウリュウジャーから「助けは不要」とされ(まあ平たく言うと戦力外通知)、それに反発するライト……という流れ。
 その問題は結局デビウスとシャドーが協力し、シャドーにはキョウリュウジャーの力が通用しないので両戦隊が手を結び解消される……そんな理由で解消されるなら最初から反発する展開にしなくて良いんじゃないかとちょっと思った。
 あと、デビウスにトッキュウジャーの力が通用しない理由づけ(その逆にシャドーにキョウリュウジャーの力が通用しない理由づけ)に特に説明が無かった気がするんだが。
 この展開でもう一つ気になったのは、私がトッキュウジャーについて何度か言及している「誰かがウジウジ悩まないと話が転がらない作劇」がこの映画にも当てはまっちゃったかなあということ。要はライトに葛藤させる為に最初からデビウスとシャドーを組ませずワンクッション置いたんでしょ。
 映画の後半でも「キョウリュウジャーが負傷し、トッキュウジャーだけで戦わなければならなくなったがどうする?」みたいなことになってトカッチとかがくよくよ悩んだりする。当然ながら戦うわけですが。

 やっぱ見た目の華やかさとは裏腹に陰気だよねトッキュウジャーって。テレビシリーズのクライマックスも断片的な情報を統合すると陰気な展開っぽい。

 そういうシリーズ全体の陰気さから、スタート当初「これは1クールもしたら子供にも暗さを見透かされて支持を失うのではないか」と予想していたのだが、幸いそうはならなかったようで。つまりトッキュウジャーって私にとって戦隊シリーズで久々に「なぜこれで子供に受けるのかわからないシリーズ」になりました。
 これはある意味安心した。「ちゃんと俺にも子供の心が理解できないじゃん」と変な安心をした。ここ最近「俺が面白がる戦隊が概ね子供にも人気。俺が面白がらない戦隊は概ね子供受けも悪い」状態が続いていたのでちょっと心配していたんだ(笑)。次は「俺は大好きなのに子供にはさっぱり人気ない戦隊」を観たい。俺もゴーバスターズやタイムレンジャーみたいなのにハマりたい(笑)。

 そんな期待(笑)の新戦隊、ニンニンジャーもゲスト出演。序盤のどうでも良いところにさくっと登場。もしかして脚本には書いてなかったのを無理矢理入れたんじゃないかというレベルでどうでも良い。
 中の人が慣れてないからか、イマイチ弾けきれてない印象。良く言えば初々しい。

 ニンニンジャーのデザイン、ダサいとは思わないんだけれど、「なんか古臭い」とは思うんですよね。多分、マスクの手裏剣部分の銀色のせいかなあと。あの銀色の色遣いがバトルホークとか1970年代後半っぽく見えるんですわ。そもそも手裏剣の意匠をマスクにあしらうのが70年代的センスかもしれない。



 では、そんなところで感想終わり。
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