10月の半ば過ぎに、
葉山嘉樹の未定稿が中国で発見された。という記事が新聞にでていた。それで、「ちくま11月号」に載るという。それが、私たち,三人(uniさん jukiさん)の間でしばらくの話の種だった。困ったことにその本は、本屋に売っていないのである。定期購読を筑摩書房に申し込まなければならない。そうこういっているうちにjukiさんが私たちに送付してくださった。
文芸評論家の西田勝氏が、今夏中国の瀋陽の遼寧省図書館で発見したのは、「竿頭進一歩」。敗戦間近の満蒙開拓団の様子が葉山の目を通して書かれている。話の筋らしきものはない。
ー長田君が教育召集で近日中出発するので、その壮行会に使ふ、尾頭つきの魚を釣るために、降田氏と早朝から出かけた。ー
と、書き始められた原稿用紙10枚ほどだろうか・・短い作品である。
魚を捕る様子、弁当を届けてくれる少年、本国からの食糧増産の通達、長田君の出立−慢性の食料不足・疲労の間隙を縫って、葉山の描写が冴える。
ー少年の姿は凹地から稜線の上に現はれた。と同時に振つてゐるタオルを見付け、方向を私たちの方に換へて近づいた。が、どうしたことか、一歩毎に転ぶやうな動作があり、一瞬草原の中に姿を没し、又現はれるという風であった。
ー余程探しあぐねたんだねえ。可哀相だったねえーと私たちは少年の純真な魂に打たれた。
転びながらも息を弾ませて駆けるやうに、曠野の道ない雑草を、肩の辺りで押し分けてくる少年!−
少年の描写には、遠近感がある。少年が生き生きとしている。少年の紅い頬までみえるようだ。こういったところに、葉山嘉樹という作家は上手いなあーーと思うのだ。

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