樋口一葉の使っていたという
井戸に着いたところで、彼女の作品をとりあげてみよう。
青空文庫で公開されているのは、17作品。その中で
「わかれ道」という短編が私は好きだ。
「上」では、お京さんと吉との姉弟のような日常が描かれ、「中」では吉の生い立ちも語られる。そして、「下」十二月三十日の夜、ばったりと会った二人・・・
己れは本當に何と言ふのだらう、いろ/\の人が鳥渡好い顏を見せて直樣つまらない事に成つて仕舞ふのだ、傘屋の先のお老婆さんも能い人で有つたし、紺屋のお絹さんといふ縮れつ毛の人も可愛がつて呉れたのだけれど、お老婆さんは中風で死ぬし、お絹さんはお嫁に行くを厭やがつて裏の井戸へ飛込んで仕舞つた、お前は不人情で己れを捨てゝ行し、
わかれが人の世の常だというのならば、出会いというものはなんと酷なものか。その酷を承知で人は生きていく。とわかった顔で実のないことを私が書いてもこの話の根本ではない。一葉が、この話で何をいいたかったのか。
お京さんがいなくなっても、吉は生きていく。吉がいなくてもお京さんは生きていく。最初から二つの道だったものが、一瞬だけひとつになるので、わかれ道というものができる。わかれ道をいくことこそが人間の強さなのだから。
それがわかっていても、最後の吉の涕が読み手の心に沁みる。一葉の力量のなせる技と知りながら、読み手を素直な気持ちにさせてくれる作品を、今年の作品紹介の〆とする。
さて、モハメッド君は、というと、あいかわらずニコニコしている。(つづく)

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