夏至の名残の夕方を、愛犬とすごす。首から提がったタオルで、額からの汗を拭く私にかまうことなく愛犬は、草いきれに向かっていく。あわててリードを引っ張るのだが、私は足元に気をとられた。伸びた雑草の五線の上を白い蝶が跳ね回り音符をつけている。白い小さな感動に気を許した私は、もう愛犬の意のまま、草叢に突入する。
ところで林芙美子の小品で
「絵本」という作品は、絵のない絵本である。
その話の冒頭は、おばあさんの寝ている鼻に白い蝶が止まるのだった。と私は思い出した。おばあさんの人生の断片、全体で三十行余りで描かれているのは二時間ほどの時間の流れであろうか。それと対照的な、行間に息づく長い人生。その余りにも見事な筆に私は何度も読み返す作品だ。
・・・と気をそらしていると愛犬は調子に乗って ぐいぐいと草いきれを掻き分けて行く。私は振り返ってみた。白い蝶はもういなかった。
ぼんやりとした青い空に、闇はまだ遠い。

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