本日公開は、坂口安吾の作品。話の種にこういう作品はどうだろう。
「決戦川中島 上杉謙信の巻――越後守安吾将軍の奮戦記――」
長い題名だなあ、それより、去年これを読みたかった。NHKの大河ドラマ「風林火山」。謙信役は、Gaktさんだったか。どうも彼と安吾が結びつかない。しかしさすが新潟の出身の安吾である。信玄になるとはいわなかったか。
戦、戦で疲れた安吾謙信は、伴を一人つれて散歩にでる。
五智の別院をくぐって出ると、砂丘の上に旅館があった。
「いつでも風呂がわいてますぜ。女中も可愛いいのがいますよ。二階から日本海を一目に眺めて一パイやると、たいがいの苦労は忘れますよ」
放善坊は舌なめずりしながらシャニムニ余を旅館へ引きあげたが、さすがにいささか気が咎めてか、筆紙を取りよせて一句示した。
身は童貞にして清風あふれ
千軍万馬退くを知らず
「キザなことは、よせ」
余はその紙片を破ってすてた。眼下に日本海が鏡のようにきらめいている。左に居多の浜、右に直江津の浜。余の胸に童心がよみがえった。
「一泳ぎしてくるぞ」
性欲と食欲、生きていればこそ。
さすが部下はよくできていて、安吾謙信殿を旅館へ・・・
女中は莞爾と笑い、親しげに余を見返してイソイソと立った。放善坊はイマイマしげに女中の後姿を睨んでいたが、
「ウヽム。タニシを食わなくちゃア、女中にもてないのか。チェッ! 仕方がない」
放善坊は食べ終ると横臥して目をつぶり、
「知りませんでしたねえ。人生は深く、ひろい。バイを食べて、人生にバイバイ。また、よし。また、よし」
バイ貝を食べて、人生にバイバイまではよかったのだが・・
さてこの話が発表されたのは、昭和28年だという。この時期になぜ信玄と謙信なのだろうと考えるのは、野暮だ。安吾流のノリで話を楽しむほうがいい。楽しみながらも読み終えて私の胸にあったのは、全く別のことだった。
新潟駅からJRで20分ほどのところに新津という街がある。その駅から、私は歩いて、新津の図書館へ行った。図書館の方の案内で、裏手にある安吾の碑の前に立った。文面は何だっただろう。忘れてしまった。
覚えているのは、秋雨の寒い日だったこと、新潟の叔母を見舞った帰りだったこと。血色の良かったころの叔母しか知らない私は、余命を告げられたことを知らずにいる彼女の白さにとまどった。そして彼女を正面から見据える勇気がなく、窓の外ばかりみていた。その叔母の顔色を思い出した図書館からの帰り道。川べりの長い道だった。図書館の人の「安吾は風の人だったんですよ」ということばが何度もなんども思い出される道だった。

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