人間は、産まれたときの気候を一番心地よいと感じる
という話を聞きました。
妙に納得しました。
ああ、だから、満開の桜のあの空気、香り、音が理由なくすべて好きなんだ
でも、満開の桜を見上げるときに、違和感を感じることがあるのです。
産まれたときの気候は産まれた土地にも大いに関係するということを、最近になって考えるようになりました。
日本国内でも、桜は時間差で咲くし、同じ満開でも同じ空の色であるとは限りません。
わたしが感じる違和感は、産まれたときの桜ではないという感覚から生じているようです。
「桜の園」アントン・チェーホフ 神西清訳
アーニャ (笑いながら)浮浪人さん、ありがとう。ワーリャをおどかしてくれたおか げで、やっと二人きりになれたわ。
トロフィーモフ ワーリャはね、僕たちがもしや恋仲になりはしまいかと警戒して、毎日、朝から晩まで、ああして付きっきりなんだ。あの人は、自分の狭い料簡で、われわれが恋愛を超越していることがわからないんだ。われわれの自由と幸福をさまたげている、あのけちくさい妄想を追っぱらうこと、これが僕らの生活の目的であり意義なんです。進みましょう、前へ! 僕らは、はるか彼方かなたに輝いている明るい星をめざして、まっしぐらに進むのだ! 前へ! おくれるな、友よ!
アーニャ (手をたたいて)すてきだわ、あなたの話! (間)今日、ここはなんていいんでしょう!
トロフィーモフ そう、すばらしい天気です。
アーニャ あなたのおかげで、わたしどうかしてしまったわ、ペーチャ。なぜわたし、前ほど桜の園が好きでなくなったのかしら? あんなに、うっとりするほど好きだったのに、――この世に、うちの庭ほどいい所はないと思っていたのに。
わたしが好きだと思っている桜は、思い出の中の桜なのかもしれません。
物語の中の若者は、思い出にとらわれることなく前に進もうとしています。
わたしも、一歩ずつだけど、前に進んでいこう。
えあ草紙 「桜の園」

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