今年も「猛暑」という言葉が横行した八月の初め。「I am very sorry that your mother passed away.」(お母様の死を悼みます)とアメリカの友人からのメールの日付は、八月三日、母が亡くなった二日後だ。ところがパソコンに触ろうという気になったころには、知人からの残暑見舞いを手にしていた。だから長い事メールはパソコンの中に眠っていた。
メールは、遠くから毎日お祈りをしていること、自分たちは、いつも貴方たちといるということが続く。彼の温かい気持が嬉しかった。ふと気になって英語の辞書を引いた。「死」の表現はたくさんある。その中で、「passed away」この表現が一番、私の心に合っているようだ。「ここを通りすぎてあちらへ」と。死とは特別なものではない。特別なことではないと頭でわかっていても受け入れがたいものがある。それがこの世へ自分を産み出してくれた人への思いというもの。
昨日の一葉の
「雪の日」の「悔こそものの終りなれ」の言葉が心につきささったまま、悔なき親との別れはないものと自分に言い聞かせ新しい年を迎えようとする。
今年も読書blogーすいへいせんにお付き合いくださいましてありがとうございました。来年もよろしくおねがいします。
みなさま、よいお年を。

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