テレビでは、桜のスィーツの特集していた。そんなスィーツに似た話を今日は読んでみよう。
「片恋」 芥川龍之介
これは、芥川が電車の中で友人に会い、友人の話を聞く。彼らの友人が片恋をしていた女性の片恋。
志村の大将、その時分は大真面目(おおまじめ)で、青木堂へ行っちゃペパミントの小さな罎(びん)を買って来て、「甘いから飲んでごらん。」などと、やったものさ。酒も甘かったろうが、志村も甘かったよ。
で、その志村の大将が惚れていた福竜(お徳)さんのひと言がきつい。
「志村さんが私にお惚れになったって、私の方でも惚れなければならないと云う義務はござんすまい。」さ。
そりゃまあ。。そうだわ。そこに片思いのつらさというものがあるんだし。と読んでいくと、
それから、まだあるんだ。「それがそうでなかったら、私だって、とうの昔にもっと好い月日があったんです。」
それが、所謂片恋の悲しみなんだそうだ。そうしてその揚句に例(エキザンプル)でも挙げる気だったんだろう。お徳のやつめ、妙なのろけを始めたんだ。君に聞いて貰おうと思うのはそののろけ話さ。どうせのろけだから、面白い事はない。
あれは不思議だね。夢の話と色恋の話くらい、聞いていてつまらないものはない。
だいたい他人の恋の悩みなどを聞いていて、初めは好奇心があるから「ふむふむ・・それで?」となるが、そのうち、ばかばかしくなる。そこのところをちゃんと芥川が書いてくれている。
(そこで自分は、「それは当人以外に、面白さが通じないからだよ。」と云った。「じゃ小説に書くのにも、夢と色恋とはむずかしい訳だね。」「少くとも夢なんぞは感覚的なだけに、なおそうらしいね。小説の中に出て来る夢で、ほんとうの夢らしいのはほとんど一つもないくらいだ。」「だが、恋愛小説の傑作は沢山あるじゃないか。」「それだけまた、後世(こうせい)にのこらなかった愚作の数も、思いやられると云うものさ。」)。
続きをよんでみる。福竜さんが惚れていた相手とは?
私は、ここにきて、断然福竜さんに親しみを覚えた。私だってブラッド・ピットに片思いをして何年経つことか・・・という全女性のはかない恋心を描いて話は終わるのかというと、そうは簡単に終わらせないのが芥川作品。
そうしたら、呼笛(よびこ)が鳴って、写真が消えてしまったんだ。あとは白い幕ばかりさ。お徳の奴の文句が好(い)い、――「みんな消えてしまったんです。消えて儚(はかな)くなりにけりか。どうせ何でもそうしたもんね。」
これだけ聞くと、大に悟っているらしいが、お徳は泣き笑いをしながら、僕にいや味でも云うような調子で、こう云うんだ。あいつは悪くすると君、ヒステリイだぜ。
だが、ヒステリイにしても、いやに真剣な所があったっけ。事によると、写真に惚れたと云うのは作り話で、ほんとうは誰か我々の連中に片恋をした事があるのかも知れない。
さて、読み手は、この最後をどう読もう。福竜さんは、やっぱり志村の大将が好きだったんだれど、シカゴへ行ってしまった。と読むべきか、聞き手の彼を、本当は好きだったのだと読むべきか。それともこの最後の数行を書かせた福竜さんの技(たくましさ)と読むべきか。
桜のスィーツを一口食べて考えてみるか。・・・「花より団子」だな。芥川の中に欠けていたものは。などと言い訳をしてみる。

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