本日公開は、
「氷れる花嫁」 渡辺 温
1 (溶明)晴れたる空。輝く十字架――教会の屋根だ。
2 教会。結婚式――青年とその十五になったばかりの可愛(かわい)らしい花嫁と。――花と、音楽と。
3 春の港に浮べる新造船。
4 帆柱の尖端(せんたん)に飜る船旗。――新しき五月の花よ。モンテ・カルロへ! 万歳!――と書かれてある。
36 (溶明)朝。青年の船室。
37 青年ひどく厚く重ねた夜具の中で眼をさます。そして傍を見た。
38 花嫁がいない。
39 青年は周章(あわ)てて船室を飛び出す。
40 一歩、船室を出るならば、ああ、見よ!
41 船は白皚々(はくがいがい)たる雪に埋もれていたではないか!
42 大雪の港の景色。
43 船は進路を誤って、アラスカへ着いたのであった。
44 青年は雪の甲板を走った。
45 はるかの船首に両手を上げて突っ立っている花嫁の姿。
46 青年は喜びの叫びを上げる。そして走り寄る。
47 しかし、花嫁は身動きもしなかった。
48 それもそのはずである。小いさな可愛い花嫁は、天へ向って両手を差しのべたまま、氷となって、固く固く凍りついて死んでいた。
49 そして、悲嘆にくれた青年が、その胸にいくら熱い泪(なみだ)をそそぎかけながらかき抱いても、氷の花嫁は再び生き返りはしなかった……。(溶暗)
この作品をどう捉えたらいいのか。
1.活動弁士の台詞
2.映画監督のメモ
3.作家の作品メモ
4.叙事詩
5.箇条書き小説
それとも・・・
6.殺人鬼の善人を装った殺人計画書という小説
それらのうちのどれでもない順路小説と私はそう捉えた。私の造語だ。どういうことかといえば、美術館で見学の順路がついているようなものである。一枚一枚絵をみていくと思えば、すんなりとこの話は読み手にはいってくる。
渡辺の順路に従って読んでいくと面白いことに気づく。36番以降、リアル感が一気に減速する。
43.船は進路を誤って、アラスカへ着いたのであった。
読み手は、「はあ?」ときょとんとせざるをえない。「進路を誤ったのだ」といわれたら「そうですか」という読み手は答えるしかないのだが・・・
そして話の胡散臭さ。残酷な美しさは渡辺の世界だとして、安いメロドラマを読んでいるような最後の一行。
49.そして、悲嘆にくれた青年が、その胸にいくら熱い泪(なみだ)をそそぎかけながらかき抱いても、氷の花嫁は再び生き返りはしなかった……。(溶暗)
なぜだろう。なぜあえて渡辺はこういう結末で終わろうとしたのだろう。真っ暗なインド洋を漂う恐怖で、館内を出しては気の毒と、36番以降は渡辺の、読み手へのサービスのような気がする。美しいイメージで館内を出て欲しかったのだ。それともサービス精神など無縁、美しいイメージを持つことによって、暗い海の闇が深く恐怖として読み手に迫ってくるというのか。どちらで読もうと読み手の好きなようにと言っている渡辺の薄ら笑いが見えてくる。(どんな顔の人だったか・・知らないのだが)
そういえば結婚式のスピーチの決まり文句、「二人の船出」。二人は船出したのだ。確かに、永遠に・・・

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