フランスの詩の翻訳が、今まで青空文庫にあっただろうか?と最近工作員同士で話したことがある。ある詩人の翻訳を共同で入力しはじめたということがきっかけで出た疑問で、ちょっと探してみたが上田敏の「
海潮音」や、芥川龍之介「
パステルの竜」の中に収録されているくらいであった。
では、全くないのかと言うと勿論そうではなかった。自らも詩人であった
大手拓次(1887-1934)は又、フランス詩の翻訳を遺している。
1941(昭和16)年出版の『異国の香』として発表された詩もあるものの、雑誌のみの掲載や、発表されず原稿のみが遺されている詩も大量にある。生前発表されなかった訳詩のうち、ボードレールの「人と海」を紹介する。上田敏による
訳とは又違う、荒い波の痕跡を感じさせる。
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人と海
シャルル・ボードレール
大手拓次訳
自由なる人、汝(なんぢ)は常に海を愛するだらう。
海は汝の鏡である。
汝は巨浪(おほなみ)の無限なる展開の中に汝の霊魂(たましひ)を瞑想(かんが)へる。
然る時、汝の心はより少なき苦しみの湾ではない。
汝は汝の影像(かげ)の胸に沈むことを楽しむ。
汝は眼と腕とを以て其れを抱き、
そして汝の心は屡彼の固有の喧噪から
抑へ難い又放縦なる嘆息の響に転じ行く。
汝等は二つながら、陰鬱な慎み深いものである。
人よ、誰も汝の深淵の底を探らなかつた。
おお海よ、誰も汝の内部の財宝を知らぬ。
斯の如く汝は汝等の秘密を守る嫉妬者である。
されど猶、
汝等が憐みもなく、悔みもなく闘ふ所の
限りなき時代がある。
斯の如く、汝は残殺と死とを愛す。
ああ、永久の争闘者、和し難き同胞(はらから)よ。
底本:「大手拓次全集 第四巻 詩IV」白凰社
1971(昭和46)年4月1日発行
底本の親本:「書名」出版社名
YYYY(GGYY)年MM月DD日初版発行
初出:「雑誌名、新聞紙名」発行所名
YYYY(GGYY)年MM月DD日号
入力:Juki
校正:
YYYY年MM月DD日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(
http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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