ところが、本当に今年のこっちの冬というのは十何年振りかの厳寒で、金物の表にはキラ/\と霜が結晶して、手袋をはかないでつかむと、指の皮をむいてしまうし、朝起きてみると蒲団(ふとん)の息のかゝったところ一面が真白にガバ/\に凍えている、夜中に静かになると、突然ビリン、ビリンともののわれる音がする、家をすっかり閉め切って、ストーヴをドシ/\燃しても、暑いのはストーヴに向いている身体の前の方だけで、後半方は冷え冷えとするのだ。窓硝子(ガラス)は部厚に花模様が結晶して、外は少しも見えなくなった。外を歩くと、雪道が硝子の面よりも堅く平らに凍えて、ギュン/\と何かものでもこわれるような音をたてる……。所謂(いわゆる)「十二月一日事件」の夜明頃などは、空気までそのまゝの形で凍えていたような「しばれ」だったよ。小林多喜二「母たち」。多喜二の作品の中では、ひときわ美しく、優しさに満ちているような気がする。それにしても、彼の作品がだんだんリアルに感じられるようになってきたこの世の中が怖い。