酒と作家、切ってもきれない腐れ縁みたいなものか。太宰治、坂口安悟、織田作之助など挙げたらきりないだろう。彼らは酒を愛してやまなかった。酒好き作家が青空文庫にたくさんいる中で、私が選んだのは、
「或る夜の武田麟太郎」 豊島 与志雄
この小林で、私はしばしば武田麟太郎に出会った。両人とも、小林に始終行きつけていたわけではない。なにかこう人生をまた文学を摸索しあぐんで、お互いの思惟内容は多少異りながらも、市井のゲテ飲酒のうちに彷徨するという、そういう時期がたまたま一致したのでもあろうか。いや、そういう時期は両人とも幾度か持ったので、或は常に持っていたので、ただ小林に足が向きがちな時がたまたま一致したのであろう。
ある夜「小林」で豊島は、らっきょの皮をひとつひとつむきながら酒を飲んでいたら・・
幾粒か食べてるうちに、武田が突然笑いだした。
「まるで僕みたいだ。」
私は顔を挙げた。
「え、いつもこんな食い方をするのか。うまくないよ。」
「いや、らっきょうが……。いくら皮をむいても、何にも出て来ない。」
武田はまた笑った。私も笑った。朗かな笑いだった。
そこから初めて自分をさらけ出して語り合う。いつも愛想もなくさらりと分かれる武田が、その日に限って、
あの夜明け、武田が親切だったと女中に聞かされて、私はちょっと腑に落ちない気がすると共に、へんに淋しい心地になった……それを、今、はっきりと思い出すのである。
いつもと違う武田に豊島は戸惑い、淋しくなる。いつものように無頓着でさらりと出て行ってほしかったとも思う。
そういったことが思い出となってしまい、ぽつんと残された豊島は、・・・
その武田が突然、まったく突然、亡くなってしまった。過労になるほど仕事をしなくても、と思うのは、吾々凡根の故か。ただ、私は淋しい。武田が居なくなったことが淋しい。
ちょっと辛口の酒の入った銚子を傾けながら読みたい話である。

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