その地の空気のフィルターを通したかのような「上高地の月」の冒頭。
井戸の中の蛙が見たら、空はこんなにも美しいものかと、私はいつも上高地の夜の空を見るたびに思った。空の半分は広い河原を隔てて、僅か六町さきの麓から屏風のようにそそり立った六百山と霞沢岳のためにさえぎられて、空の一部しか見ることができない。夜になると、この六百と霞がまっ黒にぬりつぶざれて、その頂上に悪魔の歯を二本立てたような岩が、うす白く輪かくを表わす。そしてこの大きな暗黒の下に、広い河原を流れる梓川の音が凄く、暗闇に響く。
「上高地の月(
山と雪の日記)」
青空文庫で知った、この著者の名は板倉勝宣(1898-
02-12生)。
山を描く人だった。山を行く人だった。
没年は・・・書きたくない。
山の中の自分達を描く言葉に入り混じる、おかしみと荘厳。
停車場より温泉へ
星のみだるる北国の空
雪の上をチョロチョロ走るものあり
谷水の音聞きつ 星を仰ぎつ
四つんばいの怪物
スキーをかつぎ 雪の上を走る
北極の熊か 北の里に住む怪物か
その後に 驢馬のごとき男、もぐらのごとく雪をかく
宿屋の番頭 スキーに乗り提灯をもちてくる
せんべいを出し 何枚入れましょうといえば
四つんばいのまま 二枚々々と呼ぶ
二枚いれますといえば 口をアンとあく
宿のあかり見ゆるに ここより何町と問う
二間ばかりはいずりまた ここより何町と問う
玄関はどこだいという 番頭驚き逃げれば
他の番頭きたる 一の番頭二の番頭
ことごとく へいこうし
スキーを置けといえば 金ものがさびるよという
あつかましき怪物 後の驢馬 げらげらと笑う
うすきみ悪き怪物 百鬼夜行雪の上をはいずる

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