「ア、秋」 太宰治
−本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。
「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。ー
・・・と太宰は書くのだから、この短文には、秋がいっぱい詰まっている。 ある人に秋の詩を挙げてくださいと頼んだところ、これを推してもらったことがある。これをとある会で年配の方々に読んでもらったところ、ため息をつく人が半分以上だった。何にため息をついたか?
ー夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠。ー
ー夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬー
ー秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。ー
この三箇所の表現にみなさんはため息をついた。”秋”を言い当てているからであり、あまりにも上手い表現だからである。

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