警視庁の「不良少年少女係」から、作者が見せてもらった手紙。その中に、81年前の夏のかけらが見えた。
楽しみにしていたレター本当にサンキュー。逗子も暑くて、全く世の中がいやになってしまうわ。休みなので人が一杯。アンチソラチンのオバケが来たこと。
さしも広かった浜べもすっかりかくれた事よ。なんでも、羊と二人して紅と白との腕を振るってね、クロールをみせびらかしてやりました。そればかりか、海の真中の赤ハタまで行って、不良少年をこらしめてやりました。
「オーイ足長まてまて」とあとから変な人が泳いで来ましたが、皆ここまで来られないで帰ってしまいました。羊と二人して大いに笑ってやりました。気が清々しました。
毎日羊だの、松本君、喜多君、徳川君等と一緒に泳いでおります。不良の病ますます重くなるを知るべし。
若い西洋人も羊と仲よしです。それで皆で「マルオニ」をして遊びます。おしまいに人がたかるので一勢に海へと飛び込みます。
もう手足の紅色でビリビリします。帰る頃はタドンのオバケでしょう。すみちゃんもよしちゃんも皆一緒です。としちゃんは大分上手に泳ぎます。よく笑うので方々で可愛がられています。そしてもう真黒くなりました。元気でピンピンはねています。
チクオンキ毎夕ですって? うらやましいわ。チャールスレイ君すきなの? 本当に加勢が出来てうれしい。二人で大いにやるべし。
菊池さんの真珠夫人(トテモモーレツな本)を読んで、女は大いに不正してよろしいものだという事がわかりました。
ただしこれは処女のみにかぎるよ。又東京のはなしして。ハイチャイ。
それから山口家のニワトリの家内の病気は如何。
大正十三年七月二十七日真昼
み つ 子 か ら[#行末より1字上げ]
は ま 子 君 へ
震災後の東京が以下に堕落しているのかを取材した、「九州日報」の連載記事の中に登場する一通。
作者は、東京の若者の危うさを憂う論旨でこの手紙を紹介したようだ。
だが、私も堕落しているからであろうか、この手紙の中に封じられた夏がなんとも眩しく見える。「君」と書き、精一杯背伸びをしようとしながらも、ここに書かれているのは懐かしい夏休みの日記の内容そのものだ。
以後80年間、みつ子さん(仮名)はどんな夏を毎年過ごしたのか。
この大正十三年の夏を思い出す事があったのか。孫に語って聞かせることができるまで、生き残る事ができたのか。
そんな事まで想像してしまう、今年の七月二十七日。
杉山萠圓(夢野久作)「
東京人の堕落時代」

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