近所のコンビニが潰れて、その跡にやけに和風の建築物が造られていると思ったら、なんと盛岡の「じゃじゃ麺」の店が上陸してきた。店の名前は「まるじゃ」。
4年ほど前、GWを利用して、民話の里、遠野を旅した時に、盛岡の
白龍(パイロン)で、生まれて初めて、「じゃじゃ麺」を食べて以来、ずっと気になっていた得体の知れない不思議な料理を、自宅から目と鼻の先で食するチャンスが出来たのだ。
「じゃじゃ麺」は盛岡特有の麺料理である。うどんのような麺の上に胡瓜などの簡単な野菜が乗り、そしてその上に肉味噌がボトンと乗っている。
そこに、醤油、ニンニク、ラー油、胡椒などを、自分なりに振りかけて味付けをし、思い切り、どんぶりの中でグチャグチャと箸でかき回すのである。この辺は、伊那の名物である「ローメン」と良く似ている。
ローメンと異なるのは、麺を9割がた平らげた後、店員に「これ!チータンにしてください」と声を掛けることである。
すると、麺が残り、肉味噌がこびりついた皿に、店員が汁と溶き玉子を加え、玉子スープにして、再度、テーブルに運んでくれるだ。この玉子スープがチータンである。
「まるじゃ」で食べた「じゃじゃ麺」は、まさしく、盛岡の町で食べた「じゃじゃ麺」の味だった。
それどころか、麺の腰、肉味噌の濃厚さ、スープの出汁。いずれを取っても、本場盛岡の店を凌ぐ素材であることが、素人の僕にもわかる。
しかし・・・。
何かが物足りない。
旨いのに、何かが足りないのだ。
その何かは、やはり
「旅情」という薬味であろう。
遠く訪ねたその地で、得体の知れない料理を喰らう・・・。
だからこそ旨いのだ。
人間とは、なんとも我侭な動物である。
自分で味付けをしなければならないような、わずらわしい料理も、旅先の空気の中では、それさえが旨い思い出として残る。
しかしそれが、何時でも食べることが出来る、ましてや見知らぬ土地の名物となれば、物足りなさばかりが目立ち、その料理の旨みを感じなくなったしまうのだ。
この店を訪れてから3日後の週末。
「まるじゃ」の前を車で通った時、夕食の時間帯にも関わらず、駐車場には一台の車も止まっていなかった。
ちょっと苦しいぞ!まるじゃ!
大丈夫なのか!まるじゃ!!

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