国道16号線から厚木方面まで、相鉄線に沿って通る、通称「厚木街道」にちょっと魅力的なラーメン屋がある。
場所は厚木街道を大和方面に走り、相鉄線瀬谷駅を過ぎた左側.。瀬谷郵便局のすぐ傍だ。
何とも清潔感の感じられない入口。まるでどこやらの国の街外れの屋台村にでも来たような雰囲気だ。さもあろう。この場所は、その昔、一時的に大ブームを起こし、そしてあっと言う間にその姿を消した、居酒屋の集合体「屋台村」の跡地なのである。
ラーメン屋の名前は「吉兆」という。真っ赤な看板がかなり毒々しい。
店の中に入る。
厨房を囲むようにカウンターがあるだけの長細い店である。赤や黄色の台紙に書かれた数え切れないほどのメニューが、店の中に所狭しと貼られていて、まるで七夕のようだ。
正直、店内にも清潔感は感じられない。テーブルや椅子はそれなりに綺麗に掃除されているが、やはり店全体からかもし出される雰囲気は、場末の屋台そのものだ。
厨房の中に、まるでケーシー高峰に3倍ほどドズを効かせたような、パンチパーマのいかついオッチャンと、その奥さんらしいオバチャンが立っている。
カウンターに座ると、そのオッチャンが、お冷を入れたコップを持って僕に近づいてくる。
ううん・・・怖い・・・。
僕の前に立つと、カウンターを隔てた、厨房の中のオッチャンの背がいきなり縮んで仰天する。
厨房で足でも滑らせてずっこけたのと思うがそうではない。
客に対して腰がとても低いのだ。
お冷を僕に渡すオッチャンの顔が、ドスを効かせたケーシー高峰から、パンチパーマの柳家金語楼(古いねどうも)にいきなり変身する。
午後2時までは通常価格の半額の300円という、破格の安さの塩ラーメン一杯を、申し訳なさそうな顔で遠慮がちに注文すると、満面の笑みで「はい!塩ラーメン一丁!」と優しく元気な声で、オバチャンに告げる。
この落差がたまらなくいい。
スープと具を作るのはオッチャンの仕事。厳つい顔からは想像出来ないほど細やかな表情で、寸胴の表面から丁寧にスープを掬っている。麺を茹で上げるのはオバチャンの仕事だ。
鍋から慣れた手つきでラーメンをザルで掬い、湯切りするオバッチャンの姿が決まっている。無口でおとなしそうだが、このオバチャン、ただのラーメン屋じゃないな・・・と唸りたくなる、さり気ない振る舞いの中に一瞬のキラメキを見せるプロの湯切り姿だ。
満面の笑みでオッチャンが運んできた塩ラーメンは具こそ小さめではあるが、鶏ガラ、とんこつ、野菜ベースのスープからは化学調味料の匂いもせず、鰹節系の香りが微かに漂う。平打ちの自家製麺は、ボリュームたっぷりで喉越しも良い。これで300円しか払わないのは申し訳ない気分になってくる。
ハフハフ言いながら麺をすすり、後を引くスープを綺麗に飲み干し、申し訳なさそうな顔をしながら、100円玉3枚をオッチャンに渡して店を出る。
そんな背中に、オッチャンの優しげで元気な声が飛ぶ。
「ありがとうございました。またのお越しを!」
ラーメン屋「吉兆」
少なくとも週に1度はラーメンを食べに、そしてオッチャンの顔を見るために、僕はこの店に通っている。

【ラーメン吉兆】横浜市瀬谷区 厚木街道瀬谷郵便局側 営業時間11時〜14時 17時〜26時
一見強面だが、実は気の良いご主人と、大人しげな奥さんがふたりで切り盛りするラーメン屋。昼の部は醤油ラーメンと塩ラーメンが半額の300円になる。手作り餃子は6個で500円と少しばかり値が張るが、本格的な味だ。ラーメン以外の定食類も種類が豊富で、こちらは800円程度から。夜は酒中心の店になるようだ。

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