観たかった「Ray」を昨日やっと観られて大満足、結局2回も観てしまった。
映画館では、予告編を打っておきながら公開されていないのは、多分、ここ香港における「Ray Charles」への認知度の低さ、関心の低さからだろう。 たぶん幾つかの賞を取るであろうアカデミー賞の結果(主演男優賞、音楽賞 受賞)を待って、それを宣伝材料にして公開するのだと考えている。 実際、オフィスのメンバーにレイの事を聞いてみても聞いてみても「誰それ?」、「知らない。」という反応しか返って来ない。
実際に香港でホワイトカラーのオフィスワーカーと接していて驚かされるのは、彼らが以外なほど、地理や自然科学、音楽などの知識を持っていないこと。 世界地図をまともに書ける人は少ないし、国の名前、位置などの知識は非常に乏しい、さらに植物や動物、音楽などについても、日本人であれば、ほとんどの人が一般常識として知っているであろうと思われる事すら知らないという事に驚かされることは多い。 仮にもここの最高学府を卒業した人間がである。 実際に話を聞くと、地理や自然科学のようなものはあまり学校ではやらないとのことで、ここでの教育の違いと歪を感じてしまう。
ここでの教育は、中学を卒業するときの試験の成績で進学できる高校が決まってしまうようで、その時点で、まず第一回目の人生での階級分けのようなものがされてしまうらしい。 成績が悪くても裕福な家庭の子供は、私学やインター校へ行くことで体面は保てるが、そのような余裕の無い家庭の子供たちは、最悪の場合、その先への進学の道も絶たれてしまう。 実際、コピーソフトなどを販売する黒社会とつながりがあるような店で働いているのは、学校をドロップアウトしてしまいましたというような若い子が多い。 さらには、小さな店や飲食店、もしくは観塘や葵涌、葵芳などの工業地域の軽工業の工場、男であれば建設作業など、学歴を持たない若い世代の就ける仕事は限られてくる。この時点でオフィスで働く会社員のような仕事への道もほとんど絶たれてしまう。

実際、香港という土地はなかなかの階級社会であり、カネと教育を持つ者と持たざる者との間には、社会的にもかなりの隔たりができている。 高級外車に乗り、広いフラットや一戸建てに住み、ユーロの高級ブランドをまとい、高級レストランで食事をする、そのような持てる者と、街の小販で食事を取り、エレベーターも無く薄暗い階段を上り、狭い部屋で暮らす人たち。夜のダウンタウンの暗い裏道を歩くと、この土地の持つ深い闇の部分が感じられてしまう。 ここには、今、日本で言われる勝ち組と負け組み以上の格差のある暮らしがある。。
国内の80%の富を人口の20%の人たちが所有すると言わているフィリピンでは、持つ者は高級住宅街の一軒家に暮らし、中産階級はコンドミニアムや町屋、持たざるものはスクワッターとなる。 日本円にして2000円ほどになる現地通貨の1000 Peso が10000円に感じる人と、1000円かそれ以下にしか感じない人たち。歴然とした階級の異なる社会がそこにはある。 そして、異なる階層は決して交わることは無く、よほどのことが無いかぎり、何世代にも渡り同じ階層を生きて行くことになる。
一億総中流と言われていた日本もバブル崩壊後の不況の後に、勝ち組、負け組などという階級社会への入り口とも思える持つと持たざる者とへの分化が進行しているらしい。 60年代の後半から70年代に育った自分たちは、真面目に働いていれば、暮らしはどんどん良くなって行くという社会情勢のなかで大きくなってきた。 もちろん、当時にしても開業医や会社の経営者や役員などの裕福な層は存在したし、上流といわれる庶民とは異なる暮らし向きの人たちも居たことには違いない。 また、一方には、明日食べる米にも困るというような貧しい階層の人たちも居たし、その暮らし向きは現在の暮らしと比べれば、数段劣るものだった。 それでも、働くこと得られる収入は毎年上がり、それに比例して生活も向上していった時代には希望が有り、そして確実に毎年生活は向上していった。
また、学歴を積むことで優良と言われる企業に就職することができ、その終身雇用による生活の安定と、決して高くは無いが悪くはない収入を継続して得ることが出来るという処世の方程式のようなものも出来ていた。
長引く不況の結果、企業は終身雇用という社員に対する保障を捨て、より効率を追及した経営なるものを打ち出してきた。 そして、これによって、前述の処世の方程式は崩れ去り、自分の裁量で生きて行かなくてはならない時代になりつつある。 実際、いつ籍を失うかわからない会社に忠誠を誓えというのも無理な相談である。 若い世代にフリーターが増えているのも理解できなくは無い。 世の中に希望を見つけ出すことが難しくなって来ている。
現在日本で進行しているこの社会現象は、日本社会が階級社会へと変わって行く序章なのだろうか? 60年代から始まった日本の経済成長、その行き着く先が階級社会の形成だとすれば、どこかで道を間違えたのだろうか? それとも、それは当然の成り行きなのだろうか?
年金の破綻、消費税の税率アップ、持たざる層には確実に厳しくなる時代が来る。そして、出来上がった階層はさらに越えることが難しくなって行く。 超えることが出来なくなった階層は、街や社会に荒んだ部分を作りだして行く。さらには、合法、非合法による外国人居住者の増加。 負担だけが重くのしかかって来る社会。
自分には、日本が壊れて行くような気がしてならない。

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