日本は秋、みなさんの秋2014は、行楽?、読書?食欲、スポーツの秋、どんな秋をお過ごしでしょうか。
さて、きょうは、ザンジバルのスポーツの話題です。
2014年9月に、ザンジバルで初めてのスポーツ、野球が始まりました!
ザンジバルで、夫島岡強が柔道を教え始めて20年余り、ゼロからのスタートから「ジュードー」というスポーツがザンジバルの国技の1つとなって久しいですが、ザンジバルで次の新スポーツ、「野球」を始めることになり、野球もサポートすることになりました。
ザンジバルに野球を!
実は、昨年末頃から、ザンジバルスポーツ省管轄のスポーツ委員会書記長ハッサン氏の方から、ザンジバルに、新しいスポーツを導入したいからサポートしてほしいという依頼を受けており、その中で候補に挙がっていた「野球」なら、日本でなじみもあるからサポートできそうだということで、まずは、ザンジバルスポーツ省に「ベースボール」というスポーツの登録をすることから始めていました。
いいタイミングで、日本人コーチ出現
そして、最初の野球の指導はどうやって始めていくかを思案していたところ、ちょうど今年の8月にザンジバルに赴任してきた海外青年協力隊の上原拓さん(体育隊員)が、我が家に来た時に、思いがけず、「自分は野球が大好きなので、ぜひザンジバルで野球をしたいのですが、どうしたらここで野球ができますか?」と島岡会長に相談してきたのです。
上原君は、沖縄県の高校球児、日体大でも野球部で活躍し、故郷沖縄の高校の先生として、野球部を率い、将来は野球部の監督として甲子園を目指しているという根っからの野球人間。
ちょうどその時期には、既にザンジバルで、スポーツ省への野球の登録と、野球を開始する許可が最終段階まで進んでおり、野球をする場所の候補地4つのうち、1つは確保できて、ザンジバル側で指導者となる人材も集まりつつあった時でした。
そこに、野球の指導がすぐにでもでき、やる気があって、協力隊員として、2年間ザンジバルに滞在する予定の上原君が来たので、ザンジバル野球初代コーチにうってつけだということになり、すぐにスポーツ委員会書記長ハッサン氏や、野球連盟を一緒に立ち上げている数名と顔あわせをしました。
そのときも、まだ、練習場所を数か所確保してから・・・という意見も出ましたが、とにかく最初の一歩を踏み出すことが大切だという島岡会長の言葉で、初めての練習の時間と場所が決定しました。
とりあえずの野球用具は、JICAタンザニア副所長で、アフリカ野球友の会の会長を務める友成氏を通して、ザンジバルスポーツ省あてに提供していただいていたので、それを使ってスタートを切ることになりました。(今後は、スポーツ省ではなく、ザンジバル野球連盟として、野球用具の調達方法も考えていきます)
初練習は、ドレ学校のグラウンド
2014年9月21日(日)晴れ
我が家から車で20分ほどの場所にある、ドレ学校のグラウンドが、初のザンジバル野球をスタートした思い出の地となりました。ここは、島岡会長の柔道の一番弟子、アリ・ジュマが柔道場を開いている場所でもあり、私たちにとってはなじみ深い場所です。道場のある場所までは車が入れないので、車を降りて、少し歩きます。バナナ畑を越え、キャッサバ畑を越えたところに、道場が見えてきて、その奥にあるサッカーグラウンドが、この日の野球場となりました。
初めの一歩は、グローブのはめ方とキャッチボールから
生まれて初めてのグローブをつけて、ボールを手にして、投げる姿は初々しいけどなんともぎこちなくて笑えましたが、上原コーチが何度か見本を見せ、
島岡会長が、スワヒリ語で、「ボールを投げる手と反対の足を前に出して、踏み込んで投げてみろ」とアドバイスすると、手と足を意識しながら投げるようになっていました。
う〜ん、たしかに、この彼も、投げる手と前に出している足は合っているけれど、何かが違うような(笑)
バットでボールを打ってみよう!
後半は、交代でバットを握って、打つ練習と、打ったボールを捕る練習。
上原コーチが、素振りを見せることはできますが、実際にボールを打って見せるためには、誰かがボールを投げて、誰かがバッターの後ろでボールを受けなくてはなりませんが、誰もそういうことがわからないので、最初は、島岡会長が投げ、キャッチャーは、柔道コーチのアリ・ジュマが助っ人に入るという突然の黄金バッテリーが誕生しました(笑)
あとは、上原コーチがボールを投げ、子どもたちが順にバットで打つ、グローブを持っている子たちは全員で守るという練習の繰り返し。
バットを持つのが初めてでも、へっぴり腰でも、意外と当たるものですね(笑)
当たった、当たったと大よろこびでした。
大人も子供も、野球知識ゼロからのスタート
ところで、野球連盟を発足させた大人たちは、子どもたちを率いてきたはいいものの、本人たちもまだルールも知らないし、野球を見たこともない人たちなので、上原君が子供たちに教えている間に、「球を投げている人(ピッチャー)は、バットで打つ人(バッター)の敵なのか、味方なのか?」「クリケットと野球はどう違うのか?」「バットで打つ人は、なぜ1人だけなのか?」・・・とえんえんと質問攻めにあいました。
日本人なら、いくら野球音痴な人だって、野球をテレビで見たことがあったり、特に男性なら、キヤッチボールは誰でもしたことがあると思いますが、ザンジバルでは、見たことも、聞いたこともないスポーツなのですから、何もわからないのがあたりまえですよね。
ということで、子どもだけでなく、大人にとっても、ゼロからのスタートを切りました。
地味で痛いことから始まる柔道と、笑顔で始められる野球の違い
私たち夫婦にとって、ザンジバルでゼロからスタートするスポーツをサポートするのは2つめ。1つめは柔道、2つめが今回の野球です。
柔道のゼロからのスタートは、草ぼうぼうの荒れ地の整備をして、畳代わりに、米袋を縫い合わせてカーペットを作るところから始め、そこから10年間、青空道場で練習を続けました。(その後、ザンジバル武道館という屋根つきの道場で練習するようになり、現在に至ります)そして、練習場所はどこであれ、柔道の基本は、地味な受け身、最初は痛いことばかりですから、野球のように、楽しくキャッチボールをしたり、バッドを振り回して、当たった当たったと喜んでいる姿を見ていると、柔道の、ひたすら地味で痛いスタートとはまったく違うなと感じます(笑)
ところで、島岡会長は、かつて横浜の少年野球チームで野球を経験しており、私も、何十年も前に小学生だったころ、ソフトボール部でした(なつかしい!)ので、子どもたちの様子を見ていて、初めてのグローブ、初めての素振り、バットにボールが当たった瞬間のうれしさなどを、思い出しました。
少年たちの野球の感想
帰りは、またキャッサバ畑やバナナ畑を歩いてきましたが、グローブやボールを車まで運んでくれた男の子たちが、「野球、すごくおもしろかった、続けたいよ」「バットで打つのが面白かった」「ボールが固くてびっくりしたよ」「明日もやりたい!」などなど、わいわいにぎやかに感想を。
その中の1人が、別れ際に、「ママシマオカも、また来てね、約束だよ」と言って、手作りの指輪(バナナの葉っぱ製)をくれました。(私は、こちらでは、ママ・シマオカと呼ばれています)。夫(島岡会長)以外の男性に、指輪などもらたことがなかったので、素直にうれしくなりました☆
ここから始まる、野球ロード
という感じで、ザンジバルで初めてのスポーツ、野球もスタートを切りましたが、ここからは、ただ楽しい、面白いだけではなく、ルールがいっぱいで覚えるのが難しいとか、炎天下でノックを受け、ボールが体にあたって痛いとか、・・・いろいろきつい思いもしていくことでしょう。どのスポーツでもそうですが、そこからさらに継続ができるかどうかですよね。
柔道がザンジバルに根付いたように、今度は野球も根付いてほしいと願いつつ、島岡会長と一緒に、野球も長い目で、地道にサポートしていこうと思いながら家路についたことでした。
ザンジバル・ドレ少年野球チームは、これから週に3回、水土日と練習を続けます。
まずは、初日を元気いっぱいにスタートしたザンジバル・ドレの野球少年たち、みんな続きますように!
by島岡由美子

6