灰色の低い空から落ちる不ぞろいの雪に嫌気がさす。それでも行かなければならないと長靴を根雪の中へ潜らせる。
ジャンパーの襟を立てて曲がった角の庭。白いフェンスから伸び上がる深紅の薔薇に雪が落ちる。私の中で弾けるものがあった。ああ・・そうだ。冬薔薇は、河童の世界にもある。
「河童」
芥川 竜之介
九
なんでもある霧の深い晩、僕は冬薔薇を盛った花瓶を中にゲエルの話を聞いていました。それはたしか部屋全体はもちろん、椅子やテエブルも白い上に細い金の縁をとったセセッション風の部屋だったように覚えています。
河童のガラス会社の社長をしているゲエルと僕は、河童界の政治の話をする。戦争があったことを僕は知る。獺V河童の話は、「僕」の興味を惹く。その引き金となった不幸な獺。(獺がココアを飲むとは知らなかったが。)食べ物といえば、河童は石炭を食べるそうな。おいしいのだろうか。戦地では何がおいしいとかまずいとか言っていられないから、仕方がないのだろう。そういった話で盛り上がっているうちに・・・・
ゲエルは給仕を見送りながら、泣き笑いに近い表情をしました。僕はこういう顔を見ると、いつかこの硝子会社の社長を憎んでいたことに気づきました。が、ゲエルはもう今では大資本家でもなんでもないただの河童になって立っているのです。僕は花瓶の中の冬薔薇の花を抜き、ゲエルの手へ渡しました。
「しかし火事は消えたといっても、奥さんはさぞお驚きでしょう。さあ、これを持ってお帰りなさい。」
春と秋は薔薇の季節。冬薔薇は、貴重なものだろう。芥川は、なぜあえて冬薔薇にしたのだろうか?それより、ゲエルは、どんな顔をしてその冬薔薇を妻に渡しのだろう。それをもらった妻は?
読み手それぞれの「僕」があり「河童諸氏」がある。嘘と真実、狂気と正常の紙一重の中で生きること、誰しもがそこにいるのだが、気づかないだけなのだ。気づいた芥川の不幸なのか、それとも理知なのかと、灰色の低い空の下、言葉の彷徨をする。そんな私の目の前に、ひとつの真実。深紅の薔薇の花びらに雪が積もる。

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