散歩道で知人に会った。もちろん第一声は、お互い、
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくおねがいします」
と、ここまでは普通の会話だった。彼女がおもむろに私に、初夢を何を見たかと尋ねるから、みたようなみなかったような、「一富士、ニ鷹、三茄子」ではなかったことは確かである。あまり覚えていないと答えると、彼女は、はっきりとした夢をみたのだそうで、あまりにはっきりしているから気味が悪いと言っていた。で、どんな夢かというと、買い物のレシートの束を計算しているのだそうだ。なんどもなんども繰り返しているらしい。
「計算、合ったの?」と尋ねると、「さあ・・・そこのところがわからないのよね」と言っていた。
彼女と別れて、そういえば夢の中で計算をしていた人がいたなあと思い出し、家へ帰ってからパソコンを開いた。
「和歌でない歌」中島 敦
夢
何者か我に命じぬ割(わ)り切れぬ數を無限に割りつゞけよと
無限なる循環小數いでてきぬ割れども盡きず恐しきまで
無限なる空間を墮(お)ちて行きにけり割り切れぬ數の呪を負ひて
我が聲に驚き覺めぬ冬の夜のネルの寢衣(ねまき)に汗のつめたさ
無限てふことの恐(かし)こさ夢さめてなほ暫(しま)らくを心慄へゐる
この夢は幼き時ゆいくたびかうなされし夢恐しき夢
今思(も)へば夢の中にてこの夢を馴染(なじみ)の夢と知れりし如し
ニイチェもかゝる夢見て思ひ得しかツァラツストラが永劫囘歸
正月からレシートの山というのもなあ・・でも中島のように、割り切れない数を割り続けよというのも、これまた困る。
この中島の歌から、どうでもいいことを一つ。訳者三人ほどのニイチェのツァラツストラを私は持っている。訳者が変われば、眠くならないかと思って買ったのだが、どれを読んでも寝てしまう。いまだに読みきったことがない。逆をいえば、寝付けないときに読めばいいと思うだろうが、そうすると反対に目が冴えて、同じ箇所から目が離れなくなり、先へ進まない。まあ、目が冴えて先に進まないか、それとも読んでは眠り、読んでは眠りという初夢でなくてよかった。それにしても「ツァラツストラ」これ、永劫未読。

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