木曜日の夕方、私は、愛犬を、いつもと違う大きな公園へ連れて行った。たまには気分転換もいいだろう。
広い駐車場から入った私は、公園の入口のところで、ロシア人の親子と会った。二才くらいの男の子は、青い毛糸の帽子をかぶり、三輪車に乗っている。まだ自分で漕げないのだろう、母親が背もたれを乳母車のように押している。どうするのだろうと私は遠巻きにみていた。母親は、止まっている車の中を見て、子供を抱き上げた。彼女の小豆色のコートが揺れ、子供が身を乗り出した。
"собака(サバーカ・犬)"と彼女は子供に教えた。子供は、涎を飛ばしながら "собака(サバーカ・犬)"と復唱してきゃっきゃっと笑った。車の窓ガラスに暗く反射する空、そこに灰色の小型犬の顔が見えた。
うちの犬は、車の中の犬も親子のことも、全く目に入らないようで、公園の中へぐいぐいとリードを引っぱった。ほとんどの人が犬を連れている。お互い知らない者同士なのだが、会釈する。「寒くなりましたね」と声をかける人もいる。何度、会釈を返し、「寒くなりましたね」と答えたことだろう。サッカーグラウンドの外周を半分周って、階段を上がったら、そこにも犬連ればかり。また会釈。
私たちが行きたいのは、芝生の山。山といえば聞こえはいいが、広々とした丘というほうが妥当かもしれない。枯れた天辺には、やはり犬の散歩組がいる。私たちは、彼らが去るのをベンチに腰をかけて待っていることにした。芝生とは対照的に、ベンチの周りはカラフルである。私は、足元の葉を靴で除けてみた。うす茶色の芝生がでてきた。面白いので、私は、靴で段々広げていく。するとオレンジ色の葉の下から、緑色がでてきた。なんだか、くじ引きで「当たり」が出たような気分になった。
「当たり」の私と無関係の犬は、上から落ちてくる黄色の葉にじゃれつく。じっと待っていることに飽きたらしい。それに引っぱられ、オレンジ色の葉の下から、のそのそと這い出てきた虫を踏みそうになった。私は両足をさっと持ち上げた。
芝生の山から声が聞こえなくなった。見上げると誰もいなかった。彼らは、向こう側へ降りて行ったようだ。次は私たちの順番と、なだらかなカーブを天辺めがけて、一気に駆け上がる。天辺に着いたとき、私は頭を撫でてやった。犬は、荒い息遣いを止めて、嬉しそうに鼻の先を私に向けた。
東の空、薬局の看板の上に大きな白い月。そして西の空、信号の向こうに赤い街。私の頭に浮かんだのは、二行だけの詩。
犬の心臓の音が私の右足に伝わるのを感じながらその詩を口に出してみた。
「雨になる朝」 尾形 亀之助
十一月の街
街が低くくぼんで夕陽が溜つてゐる
遠く西方に黒い富士山がある

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