読書blog ― すいへいせん

インターネットの図書館「青空文庫」の収録作品を紹介する有志による非公式ブログです。

 

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投稿者:ten
ゼファー生はん
えらいおもろい話でんな。
方言の持つ「かるみ」とでも言おうか、ことばにええ味だして。

ドストエフスキーの初期の「貧しい人々」中期の「二重生活者」(「分身」)あたりを関西弁でするとおもろいと思いますねん。あまり知られてへんけど「おかみさん」というのも関西弁やったら、けっこう受ける思いますけどな・・\(^o^)/
投稿者:ゼファー生
 ten さんのご指南で (^o^)/ 「六号室」の大阪弁訳を始めました。現在のロシア語学力では、歯が立たないので、英訳からの重訳です。
(訳者の Garnett 女史の英語も素敵ですよね)

 うにさん、お閑があれば、拙訳を直してください。m(__)m

 あと、瀬沼夏葉について図書館で調べてきました。チェーホフの作品は「イワノフ」「桜の園」まで訳してるんですね。中篇小説としては、「六号室」が唯一のようです。41歳の若さで亡くなるとは、その才能が惜しまれます。紅葉全集別巻にも「共訳」としてユーモア短編がありました。紅葉単独訳とされる「道迷ひ」も夏葉が訳したように思われます。また、夫君の恪三郎氏が、共訳としてドストエフスキーの初期作品を収録されていました。なかなか面白い短編です。機会があれば、Gutenberg から訳してみたいですね。

http://aozora.nishinari.or.jp/modules/xfsection/article.php?articleid=74
投稿者:ten
 わたしもこの「六号室」を読んだとき、真っ先に思い浮かんだのは、ガルシンの「赤い花」でした。ロシア・精神病院というキーワードだからでしょうか。
 この二人の作家、おそらく立場の違いでしょうね、ガルシンという人は、繊細な人で、実際精神を病んだのだったと思います、ですから彼の作品は閉塞感だけでできているのですね。そこが「赤い花」の魅力だともいえます。
 ところがチエーホフは、ご存知のように医師でしたから、病に対して余裕が感じられます。その余裕は、ユーモアと置き換えてもいいです。関西風の突っ込みでいけば、「なんで院長が病室にいるんや?あんた、なんやねん?」みたいに。
 また、上の人を引き摺り下ろして楽しむ庶民の優越感。この「六号室」の話の書かれた時より少しさかのぼった日本、江戸の小石川療養所あたりの話。至極まじめな医師と療養中の熊さん、八さんとの会話と置き換えてみたら、おもしろいのではないか、と思ったわけです。
 ユーモアとして書けることが、チエーホフの偉大なところだと思うのですが・・
 
投稿者:ゼファー生
 感心したことを2つほど。

 チェーホフにとって晩年の戯曲「桜の園」をコメディと捉えて欲しかったのと同様に、「六号室」にユーモアを感じるのは、ten さんの深い読みかもしれませんぞ。
 明治時代の翻訳ではちょっと「戯作」風に思われるかもしれませんね。それにしても、あの時代にチェーホフを原文で訳す夏葉女子はすごいですね。記憶では、もう数編チェーホフの翻訳があったのでは...

 ロシア専制政治下のレーニンをして、「まるで六号室に居るようだ」と感じさせたとは、ちいーとオオゲサですが、やはり、ガルシンの「赤い花」から受け継がれた時代の閉塞状況がテーマなのでしょうね。
 チェーホフにとってのこの作品は、ドストエフスキーの「地下生活者の手記」と同じ意味を持つのかもと考えちゃいました。
(そう言えば「玄白プロジェクト」で「地下生活者の手記」が公開されていました。)
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