「お喋り競争」 坂口 安吾
この九月末宇野浩二氏から電話がきた。私は生憎不在だつたが、至急の話があるから今夜か明朝会ひたい、訪れてほしいといふのであつた。
私の知人関係では宇野浩二氏をお喋りの王座にすゑなければならない。相手に喋る隙を与へず自分ひとりのべつ幕なしに喋りまくるのである。恐らく黙つてゐるのが気づまりで、沈黙が恰(あたか)も心中にうごめく醜悪な怪獣であるかのやうに不快であるのかも知れない。
宇野さんも人に会ふのが苦手だらうが、私も宇野さんと向ひあふのは苦手である。疲れるのだ。自分ひとり喋りまくつて一人相撲に疲れてしまふ宇野さんは自業自得で是非もないが、人のお喋りをきいて虚無的な疲れ方をしなければならないのは、並たいていな馬鹿な話ではないのである。
宇野家を訪れた安吾は、宇野に負けまいと、しゃべる、しゃべる、しかし、宇野の家を出た安吾の胸に去来するものとは・・
ユーモアたっぷり、それでいて、読後きりりと心が痛くなる不思議なエッセイ。
「小熊秀雄全集-12」 詩集(11)文壇諷刺詩篇
依然として布団の中の宇野浩二
立派な顔をもちながら
モミアゲの長さより顔を出さうとしない。
と小熊秀雄に言われた
宇野浩二 のモミアゲ

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