白い花に止まる赤とんぼの羽が揺れた。そっと近づいて手を伸ばせば、捕まえられる。いや、敵の複眼は、私のすることなどお見通し。私が手を伸ばすや否や、なんの未練もなく赤とんぼは去っていった。
歌にまでなる赤とんぼ、人の心を和ます。
「癩」 島木 健作
間もなく日が黄いろ味を帯びるようになり戸まどいした赤とんぼがよく監房内に入って来ることなどがあって、ようやく秋の近さが感ぜられるようになった
作者島木と思われる太田は、思想犯で投獄される。狭い空間の秋を感じていたある日、彼は喀血する。肺病と診断が下され、隔離囚房へいくことになる。そこで彼がみたものとは、そして出会った人とは・・
転向した島木の渾身の作品。生涯島木の中にあったものは何か、”岡田”への複雑な思いとある種の悔恨。人間、悔恨がなかったらどんなに生きやすいだろうか。

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