村松友視 著作のノンフィクション。 本の腰帯には、「昭和歌謡会黄金時代を疾風怒涛のごとく駆け抜けた無頼の歌手・水原弘の壮絶な生涯!」とのコピーが付けられている。

「黒い花びら」、「君こそ我が命」などのヒット曲をニヒルな表情で迫力十分に唄う水原弘には、当時まだ子供だった自分にも唄の上手さと伝わる迫力で、凄い歌手だなあという印象が有った。 後に、紅白歌合戦の常連でもあった彼が、放蕩三昧で巨額の借金を抱えていることを知って驚き、そして芸能界の表舞台から遠ざかっていた昭和53年 (1978年)、宿泊先の北九州市内で吐血し、同市内の病院で亡くなったニュースを聞き衝撃を受けた。
昭和34年、永六輔 作詞・中村八大 作曲 の「黒い花びら」でデヴュー、当時としては破格の四十万枚を超えるヒットとなり、その歳に創設された 第1回の日本レコード大賞を受賞、一躍人気歌手となった水原弘は、その派手好きで豪放な性格から、豪遊三昧を続け、借金と身体を壊しての低迷期へと入る。
著作では、著者の記憶と十分な取材により、デビューに至るまで、そして昭和42年 のミリオンセラー「君こそ我が命」での奇跡のカムバック作戦が、関係者の話を織り込みながら丁寧に語られて行く。
同じ無頼派の兄貴分、勝新太郎との豪遊、取り巻きを引き連れての豪遊の気風の良さ、そして雪だるま式に増えて行く借金と破綻して行く生活。
著者は、表舞台での無頼のイメージをその私生活でも責任を持って演じた数少ない芸人と分析する。 また三輪明宏氏は、一貫して「夜の倫理」で生きた人と論じている。
いつも思うのは、こういう破滅型の人生を歩んだ人は、その破滅へと向かう放蕩と豪遊の過程で、どのような事を思い、どのような心理状態でいたのかということ。
当然のことではあるけれど、一小市民として「昼の倫理」を生きている自分には、知るよしも無い。 それだけに、また、こういった破滅型の人生は強烈なインパクトで自分に迫る。
本の中で関係者が、今の時代に生まれていれば、また違った活躍が出来た歌手であったろうと語っているが、確かに、あの唄の上手さを生かしきれたプロデュースが出来ていたかどうかは疑問でもある。
豪遊と無頼の果てに身体を壊し破滅へと突っ走った水原弘、彼はそれと引き換えに、後世に残る歌を残したのだろう。 享年42歳、今の自分より若くして波乱の人生を終えている。
もとより、興味のあった歌手ではあったけれど、自らもファンだったという村松友視氏の丹念な取材により丁寧にまとめられた激流の人生に引き込まれ、ほとんど本を置くことができずに一気に読んでしまった。
直木賞作家でもある村松氏の著作には、一方で、「プロレス」、「トニー谷」、「力道山」など、ちょっと風変わりなものも多い。 そして、そこに感じられるのは、世間一般の日常とはやや外れた「無頼」的なものへの愛着でもある。
読み始めてから自分の頭の中に流れ出した「黒い花びら」や「君こそ我が命」のメロディーが、今もまだ止まらない。

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