2017/1/10  酉年と機械の鳥。  日常の断片

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平成29年も明けて、早くも10日。当ブログにお越しいただく方もそう多くない…といつも書いてはおりますが、それでも改めてこの場で新年のご挨拶をさせて頂きます。

管理人の私は…と言えば、年末にインフルエンザを発症してしまった為に実家で御馳走にもありつけず、初詣も3日になってようやく…と言った感じのな〜んとなくのんびりだらだらとしたお正月でした。
おかげでまぁ、その分日数以上に長い気がして得したのか損したのかよく分かりません(笑)。

今年は酉年。だからって訳ではありませんが、日程に余裕があったので、「鶏」とか「鳥」でなく機械の鳥!?を見に行こうと思い立ち、青森県立三沢航空科学館に行ってみました。

ここには日本航空協会が「重要航空遺産」と認定した陸軍一式双発高等練習機や、YS-11旅客機の実機、青森県や三沢市に縁がある「航研機」や「ミス・ビードル号」などの実物大レプリカ、退役した自衛隊機などの屋外展示等々、飛行機マニアなら丸1日楽しめるアイテム満載の施設です。

見に行こう…と思い立った理由の一つが、ここに屋外展示されているF-104J「栄光」。インフル罹っている間に久々にDVDで観た東宝映画「今日もわれ大空にあり」に改めて仄々として感動してしまい、主役のF-86F「旭光」と当時の最新鋭機であるF-104Jにも改めて惚れ直してしまったのです(笑)。

しかも調べてみたら、なんと三沢のF-104Jは操縦席に体験搭乗出来る!!もーこーなったら見て乗って触るっきゃない!!!(笑)

と言う訳で、「今日も…」の劇中で歌われる「大空の歌」が頭を駆け巡る中、一路北上して向かった絶好のヒコーキ日和の三沢航空科学館。

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地上展示の退役機とは言え、生涯初めてとなる戦闘機の操縦席の座り心地は如何に!?


次回に続く(…と、良いな 笑)
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2016/12/29  真珠湾。  爺砲弾

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真珠湾攻撃から75年経った今年、安倍総理が真珠湾を訪問してオバマ大統領と共に慰霊式典に参加して、「歴史的スピーチ」を行った事が大きく報じられました。

世の中(…と言うかネットでは!?)これを絶賛したり評価する声が多いようなのですが、果たしてそんなに感動的で歴史的な事なのか?

私にはどう見てもどう聞いても「真珠湾」の政治利用としか思えません。美辞麗句を並べてはおりますが、時期や背景を考えると実に腹ただしく、飯田中佐の話が出てきたあたりで見るに堪えずテレビを切り替えました。

以前終戦70周年に米国議会で演説した際にも感じた違和感がそのまま…と言うより、今回は次期トランプ政権の「日米同盟見直し論」に対する「念押し」と言うか、米国に対する「オモネリ」しか感じられません。

無礼や失礼を承知の上で、敢えてキタナイ言葉で言うならば、前回のオバマ大統領の広島訪問も含め、「あたしたちぃ、すっごいケンカもしたけどぉ〜お互いの傷をなめ合っていまこんなに愛し合ってるのぉ〜♪だから離れ離れなんていや〜ん!」と国内外にノロケまくっているバカップルそのもの。特にオカマのマゾヒストと化した日本が米国にすり寄る気持ち悪い絵しか浮かびません…「何でもするから捨てないで〜」と。

むしろ、こういう事に広島や真珠湾を使う事自体、冒瀆の極みなのでは…と私は考えます。
もっと言えば、日米の激戦地となった沖縄は「寛容と和解」の地となっているのか?このスピーチの裏で蔑ろにされ、かつての激戦から今もなお「本土の防波堤」として多大な負担を強いられる沖縄県民に対し、私は一日本人としてとても悲しく、そして申し訳なく思います。

真の意味で平和を守る、戦争の惨禍を繰り返さない、寛容と和解の心を世界に…と言うのなら、左翼の皆さんが仰るように例えば日華事変が起こった盧溝橋でも同じように慰霊式典を行うべきなのでは、と思うのです。(ただし南京大虐殺記念館のような恣意的な施設では絶対やってはいけませんが…)

殊に来年はその盧溝橋事件から80年。真珠湾であれだけ感動的なスピーチが出来る安倍総理ならば、中国人民を感動の渦に引きずり込み、負の歴史をキッチリ精算できるような素晴らしいスピーチが出来るに違いありませんよね。

もし来年、それが実現できて日中間のほころびを解くキッカケが出来た時、初めてこの日米のやり取りが意味のあったものとして、改めて喜びたいと思いますが、現実にはそのように行かないと思います。

攻撃を受けるアメリカ水兵の様子をあれだけ詩的な感じで「妄想」できたのに、中韓に対するスピーチではそう言った「聴き手を泣かせる」言葉や演出を使わず、通り一遍の言葉を仕方なさそうに繰り返す…同盟国と仮想敵国の違いだし、さんざんあの手この手で謝って来たんだ!と言えばそこまでですが、この違いは余りにあからさまで、恣意的なものを感じて仕方がありません。

そういう配慮の無さの積み重ねが今日の対立を深めている事にも気づかず、米国の反応がそこそこ良い内に、これ幸いとばかりに防衛大臣は靖国神社を参拝し、更に仮想敵国を挑発する火種を作っている…この時点で、あれが広く平和を願う式典から意味が逸れてしまった事をハッキリ物語っていると思います。

…もっともまぁこりゃ蛇足ですが、あの防衛大臣、格好や言う事は勇ましいけど指揮官の器なんか無いし、もし仮に艦長とかやっても乗組員から塩撒かれるような方だと思うのでハナから信用してませんけど。

そもそも日米だろうが日中、日韓だろうが、それぞれの国の歴史観と言うものは、それぞれが見ているものが違う事もあって基本的に変える事は出来ないわけで、それを和解だのなんだのと言うのは無茶な話。

あの場の方々はどうであれ、「大切な戦友や可愛い部下たちを殺したアメリカ人なんかと握手出来るもんか!」と言い続けて生涯を終えた元零戦搭乗員だっているし、原爆投下は米国にとって「正義」であり、真珠湾は「騙し討ち」なのはこれからも概ね変わらないはずです。

歴史問題と言うか過去の過ちと言うものは、謝罪や賠償などの責任を果たしたら、一切蒸し返すような事はせず、あくまでも臭いモノにはフタをして、挑発されても都度キッチリ対処して、相手の導火線引っ張らないようにするしかないのです。

50年経ったから…って言って、城下の盟を行った敗戦国が「我々が正義だった!」「戦勝国も悪だった!」「賠償したからもう言いたい事言っても良いだろ!」と海外で喚いても誰も見向きもしないし、蒸し返しても却って悪者にされて爪はじきにされるだけです。

問題は日米にしろ日中にしろ、現在の国際問題と過去の問題をキッチリ区別しないで対応してしまっている事なのです。過去の事はキッチリ責任を果たしたら、一切振り返って蒸し返したりせず、今現在の問題として対処する。

それをキチンとやって来ていたなら、アチコチでちっぽけな島を横取りしようと「プチ侵略」を企む近隣国に対して堂々と、「あなた方が諭してくれた私たちの間違った過去を、あなた方は歩もうとしているのだ!」と諭す事も出来たかもしれないのに…。

ところがそういう事をすべき方々が堂々と靖国神社を参拝してドヤ顔をする。如何に信教の自由、戦死者への敬意と慰霊と言っても、文官が靖国神社を参拝すれば、中韓が嬉々として「攻撃材料」とする事は分かっているのに、そしてそれが関係をこじらせているにも拘らずやめようともしない。

それが日本の文化だと言い張るのなら、他の面でももっと国際社会に日本の立場を強くねじ込む交渉力と影響力ぐらい持て!!と言いたいのです。国際社会にほとんど影響も与えることもなく、ただただ彼らの金づるとして国民の血税や国債を海外にばら撒くしか能が無い政治家に参拝されても英霊は却って迷惑なはずです。

更にもっと言えば、こんなくだらん事するくらいなら、日本政府は真珠湾攻撃に参加した勇敢な将兵、もっと言えば日本国民に「騙し討ち」の汚名を着せた罪を謝らなくてはいけなかったのでは?とすら思います。かなり穿った見方は承知の上ですが…。

難解で無駄に長文であった宣戦布告の暗号電文をダラダラと送り、あまつさえ現地の外務省職員が同僚の転勤パーティに出席していて文書作成が大幅に遅れ、一時間も遅れて宣戦布告の文書を手渡して相手の大義名分を正当化させてしまう…と言う歴史上最大級の大失態は、戦争の悲惨さと共に語り継がれるべきです。

本来であれば真珠湾攻撃は、宣戦布告後、間髪をいれず機動部隊による大規模攻撃で米国太平洋艦隊の根拠地を一気に叩いて無力化し、その圧倒的な攻撃で米国の戦意を喪失あるいは鈍らせる…と言う、様々な意味においてギリギリの作戦でした。

そういった中で、機動部隊や安倍総理が触れなかった特殊潜航艇の特別攻撃隊も、死にもの狂いで猛訓練を重ね、殉職者まで出しながら攻撃に備え、決死の覚悟で真珠湾に向かっていったのです。

飯田房太中佐(攻撃時は大尉)もその一人です。その端麗な容貌から「お嬢さん」とあだ名され、寡黙で温厚だった中佐は、中国との戦争で航空隊がどんどん戦果を重ねていた頃から、戦争の行く末に疑問と不安を覚えていたと言います。

飯田中佐だけではありません。海を渡り世界を知る機会がある海軍軍人なら尚更、大国相手の戦いがどれだけ大変か理解していたはずです。彼らは大なり小なり覚悟とも諦めともつかない不安を心に秘め、それでもこの大戦争の先兵となれる名誉と誇りを胸に、みな真珠湾へ向かっていったのです。

しかしそれが、役人や政治家のあまりに愚劣なミスで「騙し討ち」となり、彼ら…ひいては日本人そのものが、恨みや憎悪の対象となってしまったのです。

「リメンバー・パールハーバー!!」その合言葉と大義名分の中で、どれだけの日本人が銃弾を浴び、紅蓮の炎に焼かれ、想像を絶する惨い仕打ちを受けてきた事か…大日本帝国から日本国へと変わっても、その罪は消える事はありません。

…「真実はかうだ!!」と言って新たな説が出てきても、「忠臣蔵」では吉良上野介は悪者のままだし、大石内蔵助は英雄のままなのです。

自分達の過去の失敗や、やるべき事ををうやむやにし、日米同盟の「仲良し」ぶりを誇示して、アメリカさまの虎の威を借りて日本人としての矜持と見栄を切る…こんな情けない姿が我が国の保守政権の真実の姿なのです。保守を掲げる大抵の論客もまた然り。

沖縄の基地や日米地位協定などの同盟における問題には完全思考停止。挙句の果ては、昔も今も本土の犠牲となっている沖縄県民に向き合わないばかりか罵る始末。沖縄が独立でもしない限り彼らも同胞なのです。

原発でも同じ事が言えますが、「基地のおかげですっげー良い思いしているだろ?」だなんて、オイシそうだと思うんならみんなで誘致合戦でもすれば良いのにネ…。

アメリカの核の傘があったおかげで我が国は、未曽有の繁栄を手に入れる事が出来た…と言うのも保守層である父の主張ですが、それならば今頃になって過去の占領政策や東京裁判史観、アメリカの戦争犯罪を批判する事無く、大人しくアメリカの言いなりになっていればいいのです。

大体にして、保守層が忌み嫌う東京裁判史観も日本国憲法も「大大だ〜い好きな同盟国」アメリカが与えてくれたものなんですけどね。

不安定な情勢の周辺国をしり目に、米国の庇護のもとで国防の事なんか殆ど考えないで人任せにして70余年、トランプ政権からそのツケを払わされるのか、ツケを払わず自らの意志で国防を含めた周辺国との関係を見直すのか、あるいは…ある意味新しい「戦後」が始まろうとしているのかもしれません。

始められるかどうかは安倍総理の手腕一つにかかってますが、まぁ、ごねてもすり寄ってもしゃぶってもトランプの言いなりで終わるんでしょうね…今はあまり期待できません。

…とまぁ、今年も更新が少なかった当ブログ、恐らく殆ど誰にも読まれないであろうことを良い事に、丸一日使って長々ダラダラと色々ボヤいてみました。インフル罹っているのに良くやるなぁ全く…。

来年こそ、もっと楽しい話題が書ける楽しい年となりますように…
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2016/10/22  新型インプレッサ。  レガシィ。

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久しぶりの更新は、先日発表された新型インプレッサ。

「愛でつくるクルマが、ある」…何だかどっかで聞いた様な「ベタ」なキャッチフレーズと、あまりに「ど真ん中」なドリカムの曲(…いや、別にドリカム嫌いじゃないんですけどね。笑)のティザー広告、そして今回からトランスミッションがすべてCVTとなってMT車が姿を消してしまう事や、他の新型車と同様にどんどん大きく重くなる車体、等々、ネガティブに思える要素が多い気がして、世の中が騒ぐほど良いクルマとはどうしても思えませんでした。

クルマ離れやら環境問題やら安全対策やら…とクルマを取り巻く環境が変わり、次々と各メーカーが気軽に運転を楽しむクルマづくりを放棄していく中で登場した新型インプレッサに、私は「スバルよお前もか!!」と悲観的な印象を持っていたのです。

ところが先日、我がレガシィのオイル交換と無料点検を行なう為、岩手スバルさんの「お客様感謝デイ」に行った際、先行展示されていた「噂の」新型インプレッサをつぶさに眺めている内に、その印象が少しずつ変ってきたのです。

まず、目に飛び込んできたのは鮮やかなボディカラー。先代のハイブリッド車に設定されていた「クオーツブルーパール」は、プレスラインの抑揚を際立たせ、一見先代から変わり映えしない気がする全体のフォルムに華を添えてくれます。

平面で見るのと立体で見るのではかなり印象が異なる…と言う好例で、間近で見る新型インプレッサはなかなかカッコイイではないか!と思います。

ただ、展示されているクルマは一番グレードの高い「2.0i-S」。18インチの大径ホイールのおかげでスポーティに見えるけど、下位グレードで16インチだと印象が変わってしまうのかな…とも思います。

最近のクルマは大径ホイール&超扁平タイヤじゃないとカッコ悪くなってしまうデザインばかりで、大径ホイールと超扁平タイヤが買えないビンボー人には辛いです(笑)。

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プレスラインと言えば、前後ドアを流れるラインとリアフェンダーの斜めのライン。これって何だか、あの「ライン」みたい…

まぁ、これは当然レヴォーグやWRXなどのブリスターフェンダーからのイメージのはずですが、R34までの元スカイライン乗り(…と言うかキ○ガイ)の私には、何となくそんな風に見えてしまうのです(笑)。

ましてキャッチコピーに「愛」の文字が入ったり、ブルーのボディカラーだったりすると余計そんな気が…(笑)。

いつ〜だって〜、どこに〜だって〜♪…日産バッヂつけて、イメージカラーをクオーツブルーにして、「スカイライン・スポーツ」とかって名前つけて売り出したら、バカ売れするかもですよゴーンさん(爆)。
…まぁ、私はインプレッサにしますけどね(笑)。

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キツイ冗談は置いといて(笑)、一番気になっていたのは座席のフィット感をはじめとするインテリアの感触。先行展示と言う事もあって当然試乗は出来ませんが、やはりドライバーがクルマに触れる部分って大事ですよね。

スカスカだったR34から乗り換えた事もあって、BPレガシィでも質感の高さは充分感じ取れるし、何より座席のフィット感が、ノーマルのスカイラインしか乗った事が無い私には衝撃の感触でした。

この点新型インプレッサは…と言うと、案外良い印象を持ちました。ネットなどで見て、インパネ周りがゴテゴテしているのが気に入らなかったのですが、実際座ってみるとさほど気にならず、座席の形状も程よくフィットしているし、生地が滑り抜くいので落ち着いて運転に専念できそうです。
後部座席もデザインの都合で天井の圧迫感は少々否めないものの、膝周りはBPレガシィよりも快適かもしれません。

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スバル車の要であるエンジン。先代からの新世代ボクサーエンジンであるFB系エンジンですが、各種ゲージやエレメントが目の前に配置されるなど、やはり新しい設計だけあって、整備性も考慮されたレイアウトのようです。
タイミングチェーンなので、ベルトが切れる心配をしなくて良いのも羨ましいです(笑)。

ただ、インプレッサに限らず今どきのクルマ全般についている「アイドリングストップ」。これって本当に意味があるのか???

この際だから言ってしまいますが、私は「アイドリングストップ機能、絶対に要らない!!」と声を大にしたい。

渋滞ばかりの都市部での効果を見れば違う!と言うのかもしれませんが、こんなもの、クルマにとって「百害あって一利なし」です。

第一に、同一車種でもアイドリングストップ機能があるグレードと無いグレードとの燃費の差は殆どありません。「いや、リッター2〜3キロでも全然違うぜ!」と言っても、その程度の差を気にするなら、運転の仕方である程度カバーできます。

第二に、コストパフォーマンスの悪さ。お手盛りの燃費データでも僅かな差しか出ないし、その燃費データから割り出す子供だましのようなCO2排出量削減を差し引いても、ユーザーがクルマに対して機能が付いた分の原価上昇や専用バッテリーと言う余計な出費を払わされるだけのメリットは無いと思います。

第三に、機能そのものの意義。エネルギー消費とCO2を削減し、環境に貢献する…と言うのがメーカーの「大義」なのでしょうが、果たしてそうでしょうか?

例えば、始動と休止を頻繁に繰り返すエンジン内部はオイルの劣化や汚れが早いので、結果としてオイルの消費が増えますし、各部品の消耗も速くなってしまいます。
ましてズボラなユーザーならドロドロになったエンジン内部にも気に留めず、ロクにオイルも変えずに調子が悪くなったと言って、クルマそのものを買い替えてしまうかもしれません。極端なケースだとしてもこれでは本末転倒です。

もっとうがった見方をすれば、大して役にも立たなそうなこの機能は「エコカー減税」の為の「バラスト(重り)」なのでは…とすら思います。

重量があっても燃費の良いクルマに適応される「エコカー減税」はメーカーと国の癒着の産物としか思えません。本来クルマに限らず乗り物と言うものは、燃費を良くしたいなら軽く作らなければならないはずです。

「こんだけ重いけど、燃費良いんだよ〜」と、クラスの割に重量を重くして、CVTで稼いだお手盛りデータの燃費で「エコカー」をうそぶくメーカーのクルマづくりには、反吐が出そうなくらいの怒りを覚えます。

エコカー技術として中途半端なアイドリングストップ機能を求めるならば、一足飛びにハイブリッドや電気自動車を選ぶ方が「まだ」マシだと私は考えます。

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…と、ハナシがだいぶ逸れてしまいましたが新型インプレッサ、買いかどうか!?と言えば、新車であれば「買い」だと思います。買うのであれば、このクオーツブルーの「2.0i-S」。(←まだ買えないけど 笑)

あるいはピュアレッドのインプレッサG4も良いですね。今となってはワゴンからセダンの乗り換えに少々抵抗がありますが…。

今年末の発売が予定されている1.6車は、廉価である以外のメリットはそれ程なさそうだし、税制上のクラスが同じですから2.0車を選んだ方が後々後悔しないで済むと思います。

先代同様、MTでアイサイトもついていない「スッカラカン」のグレードがあれば良かったのですが、大半のユルい日本のユーザーには最早MTは受け入れられない…と言う事なんでしょうね。

「新車であれば…」と言うのは訳があって、ウチのBPレガシィを後10年以上ヘロヘロになるまで乗り潰し、さぁ、次のクルマを中古車で…となった時、価格やランニングコストなどでレヴォーグとの差がそれ程ない…となったら、私はおそらくレヴォーグを選ぶからです。

…まぁ、買い替える頃に、今と同じ水準の生活レベルを保っていられれば!のハナシですが(笑)。
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