*1691(元禄4)年6月 ―9月 (4)
日の暮の 風に逆らひ のうぜん花
前掲の「病雁」の句と比べて、どちらが良いのか?
物議をかもした「いとどの句碑」は堅田漁協にあるということだった。
見当を付けて湖岸道路へ行こうと思うのだけれど、廻りすぎたのか、なかなか漁協に出ることが出来ない。
家の前で長靴洗いに忙しいおばあちゃんに漁協の場所を聞いてみた。
「この道をズーーーと行って下さい」
車がすれ違えないほどの、小さな径を教えられた。
「句碑のことはちょっとわかりません・・・」
両側は漁師さんの家。ゆっくりゆっくり車を走らせた。
「堅田漁業会館」。
港には漁網が干されていた。
「漁業会館」の入り口、花壇の中に、句碑があった。
「
海士の屋は 小海老にまじる いとどかな 芭蕉 」
昔の、このあたりの漁師の家。取れたばかりの小海老が跳ねている中に、「いとど」・エビコオロギがまじっていたらしい。秋の物寂しさが軽く詠われていた。
物議とは?
「猿蓑」編纂の折のこと。
芭蕉の二句・「病雁の夜寒に落ちて旅寝かな」「海士の屋は小海老にまじるいとど哉」のどちらを「猿蓑」に入れるかで、編集者の去来、凡兆で意見が分かれた。
去来は「(いとどの句は自分にも出来るかもしれないが)格高く趣かすかにして、いかでかここを案じつけん」と、病雁派。
凡兆は「句のかけり、事新しさ、まことに秀逸句なり」と小海老派。
結局二つとも入れることになった。
それを聞いた芭蕉の弁
「病雁を小海老などと同じごとく論じけり」と、「去来抄」にある。
yotchanも、病雁派です。

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