沈没船の 部品いろいろ 落葉降る
いろは丸展示館。
鞆の浦で、坂本竜馬の名前に出会ったのには驚いた。
1867(慶応3)年4月19日
坂本竜馬の海援隊は大洲藩船「いろは丸」に武器・商品を乗せ長崎を出航。
23日
紀州藩の「明光丸」と衝突、機関部に損傷を受け鞆の浦沖で沈没する。
竜馬は福禅寺・対潮楼で6日間に渡り御三家・紀州藩を相手に損害賠償交渉を行った由。
その間、魚屋・「升屋」に宿泊。
いろは丸資料館には、沈没船・「いろは丸」の海底調査のいろいろが展示されていた。
2階には、竜馬の隠し部屋の再現。
先日のテレビでも、「いろは丸」事件が取り上げられていた。
紀州藩相手の竜馬の交渉の巧みさは、花街から相手を辟易させる歌を流行らせたこと。
メディア作戦にも長けていた大物でした。
古くから潮待ちの港として栄えた鞆の浦は、町中に観光スポットがあった。
そして狭い道を移動するのにはレンタサイクルが一番。
暑い日中を歩き続けるなんてとてもとても・・・。
40年前にも自転車で回った。しかし、久しく自転車には乗っていないので、ナントモ危なっかしい。
案の定、花壇に突っ込んで怪我をする一歩手前でした。

0