住人達の日記

今日も、明日も、明後日も・・・できるだけ毎日更新していきたいと思うのでよろしくお願いします。あまり面白くは無いと思いますが住人たちの心の叫びを聞いてやってくださいw

 

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投稿者:ユッケ
改めて読み直すと意味が全く解りません。
ていうか「分祀」を全部「分詞」って間違えて変換しちまってるよジーニアス。
なんだ分詞って。古典の時間か。
ウチの変換じゃ一発ででないんだよ分祀。

テスト期間中、というかテスト勉強の合間に文章かくと、頭に蛆かなんか湧いてるんじゃないかってくらいステキな怪文書が出来上がるのが最早デフォルトな気がします。
投稿者:ユッケ
靖国問題。
靖国とは所謂、「機関」である。
戦時中、兵士がお国の為に死ねば、その魂は靖国へと納められ、以後人々に祀られることになると兵士に言い、実際に戦争で死んでいった兵士の魂は靖国に祀られることとなった。
死してもお国の為に散ったのならば報われる、という兵士を戦場に向かわせ、戦わせるための士気をあげるためにあった機関だったのである。
つまり、靖国に祀られているモノの大半は戦争の犠牲者でもある兵士の霊なのである。
では、何故それに対して総理大臣が参拝することが問題となっているのか。
A級戦犯の存在である。靖国は、戦死した兵士達の霊とともに、戦争を蜂起、推奨したとして、東京裁判で死罪となったA級戦犯達も同時に祀られているからである。
戦争を起こし、他国に甚大な被害をもたらした元凶を祀り、あまつさえ国の代表がそれを拝むということは、つまり日本は今日をして軍事国家である、と中国・韓国は言うわけである。
そこで、昔から言われているように「分詞」をすればいいのでは、という案が出てくる。A級戦犯の霊を他に移してしまえばいいだろう、と。
しかし、それは勘違いである。
分詞とは例えるならつまり、そこにある一本の蝋燭の炎をもう一本、用意した別の蝋燭に移すということである。先の蝋燭の炎が消えることはない。
つまるところ、A級戦犯の霊を分詞すれば、その霊が他所に行き靖国に参ることに問題が無くなるという考えがそもそも間違いであり、そも第一に神道の原則として不可能なことである。
ここは逆に、A級戦犯でない戦没者の霊を分詞し、他所にも祀るべきなのだと思う。
また、その際は一方的に戦争の被害で亡くなった人々の霊も一緒に祀るのが良いと思われる。
最初にあったが、あくまで靖国はお国の為に散っていく兵士達の魂が祀られる場所であり、女子供は祀られてはいないからである。
その上でそれに拝むなり、また考えがあるのならばそれでも靖国に参拝しに行けばよいのだろう。


……長ぇ。中途半端に長ぇ。
途中で文章破綻してそうな気がムンムン。ムンムン。
個人的な意見をどうこう言ったり入れ込んで書きはじめるとこんなんなりやしたぜ兄貴。
ぃえす、レッツ迷惑。
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