Hause des XJun III -厚木特殊車輛工厰-

仕事量が増えて模型は週末だけになりました(´・_・`) 次はSAコン、戦車前へ

 
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:XJunで〜す
●シロイルカ様、コメントありがとうございました。
>しかし照準に...

グランパの写真を見る限りでは、砲塔の天井に車長用ハッチがあり、ここから見張っていた可能性が高いと思います。
また、主砲の両脇が射手席になっていて、前開きのハッチになっているので、見張りの際にはハッチ全開だったかも...と推測されます。

>凝った作り...
末期の試作/計画車輛で大型のものには測距儀をつける計画のものが多かったようです。恐らく命中率の向上を狙ったのでは?
(初弾命中を狙うか、または、最小限で命中させるか...いずれにしても弾そのものが貴重品だったでしょうから)

http://sky.ap.teacup.com/xjun/
投稿者:シロイルカ
独逸人のことだからきっと凝った作りになってるんでしょうね〜しかし照準に入って来るまでは誰かが外から報告してたんでしょうかね。
それともハッチをあけて見張りだったのか。
投稿者:XJunで〜す
●SAIUN様、コメントありがとうございました。
>測距儀…
ドイツ陸空軍の対空砲・機関砲の測距手が持っているのが確か80か90センチです。

88の射撃管制装置には4メートルのを組み込んでいました。

パンターF型やJagdtigerで予定していたのが2メートルくらいです。

測距儀は三角測量の要領で距離をはじくので、両側のレンズの間隔が長いほど精度があがります。
なので、長距離砲戦のために戦艦大和型で15メートル、長門型で10メートル、その他の戦艦で8メートルありました。

なお航海・艦隊運動用に前のフネとの距離を測るために80センチから1.5メートルの物も使われていました。

三笠の頃はまだ照準は殆ど砲側照準だったようですね∵距離3千メートルくらいだと仰角は小さいため
投稿者:SAIUN
実際の測距儀の大きさって当時はどんなもんだったんでしょうか??

比較にはなりませんが三笠の艦橋にあるんは巨大なんでたまに砲術長の気分を味わいに横須賀行きます(笑)

カレンダー

2017年
← December →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

QRコード

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ