電車の中で座っていたら対角線の斜め向いに妊婦さんが立っていた。
妊婦さんはそろそろ臨月のようでお腹が大きい。つらそうだ。
目の前に座る人が席を譲らないかと暫く見ていた。
けど譲る気配は全くなかった。
目の前に座る人は新聞を読んでいて妊婦さんに気付いていないのだ。
もしくは気付かない振りをしている。
僕は立ち上がって妊婦さんに席を譲ろうと思った。
けど、…躊躇われた。
僕と妊婦さんとは距離的に大分離れていたからだ。
遠い距離を呼びに行ってまで席を譲るという行為が常識的でない様に思えた。
その後もずっと妊婦さんは立ち続けていた。
気になって気になって仕方がなかった。
なんで誰も席を譲ろうとしないのだろう?
その理由が分からなかった。
妊婦さんは結局立ち続けた状態のまま『新御茶ノ水駅』で降りた。
目の前の座る誰ひとりとして彼女に席を譲ろうしなかったことにイラついた。
「常識的でない」と思い、呼びに行こうとしなかった自分にもガッカリした。
今年はもう必要以上に自分にガッカリするのは止めたいんだ。
「そのために必要なのは『勇気』と『タイミング』だな」って思った。
『常識的でない』なんて大人ぶった考えは捨ててしまう。
それを『常識的でない』と呼ぶのでなく、『情熱的』と呼ぶことにするんだ。

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