2010/5/5

なるきんの『東京マラソン2010』  完走記

●はじめに。
 『東京マラソン』。ボクもいつかは走りたい、と思いを馳せていたのだが、いざ都心を駆けるとなると、なぜか向上心が湧いてこず、過去3回申込をすることもなかった。「年齢的にも、40kmあまりをトライするのはどうなんかいな…?」、と長らくフルマラソンを封印していた。しかし、昨年3月、その数か月前に初フルをホノルル完走で果たした、後輩三木に「いっしょに走りませんか?」と誘われ、「よーし、やってみようか」と出場した篠山が、マラソン再挑戦のきっかけになった。

 今回、初めての応募で、幸運にも高倍率の抽選をクリアでき、喜んでいた。が、特に何もしないまま、すぐに秋が終わり、12月に入って、『東京2010』に向けての、本格的練習を始めた。その内容も専ら日曜に、走行距離を稼ぐ、距離慣れのための、常套ともいえる手段で、まずはフルを乗り切る脚作りに重点を置いた。
 
 『篠山2009』では、直前の1.5か月で20km走を3回こなしたぐらいがフル準備のメインメニューだった。レースも後半にペースの落ち込みが顕著にみられたが、3時間37分のタイム。社会人になってから継続させている、「7−8kmjog×2日/週」が貯金になったようなものだった。

 『東京2010』は自身のモチベーションキープのために「5km25分、3時間30分」と、ひとまずタイム設定し、トレーニングの状況と脚の調子によって、臨機応変に当日のレースを展開していこう、と考えていた。休日の六甲山トレイルラン2時間半、武庫川河川敷や六甲アイランド島内周回など、『東京』に比較的似かよった平坦なコースでの30km、そして定番7−8kmjogを週3日とする内容で、ようやく「まともに走れそうかな…」の状態でレースを迎えることになった。

●レース前日。
 夕方、上京。急いで、ビッグサイトに向かい、受付を済ませる。締め切り時間直前とあって、駆けこみの人たちが多数並んでおり、事務手続きひとつとっても、大会の規模の大きさがよくわかる。

 隣接の東京マラソンEXPO会場では、コース案内を大型ビジョンで映し出していて、コースシュミレーションしながら、とにかく頭に入れようと努めた。他にもネットや本でチラ見レベルのコース予習をしたけど、どれも結局、ほとんど役に立たなかった…(走って覚える、ということなのかな)。さらにコース説明するお姉さんから「明日の天気は、午前中ずっと雨、かなり寒くて、マラソンにはつらい条件です。でも、ランナーのみなさん、無理せず、元気に走ってくださいね♥」と、他人事のようなメッセージ。こりゃ、厳しくなりそうや。

 明日は、東京近郊に住む友人やその家族さんらが応援団を作ってもらって、地下鉄を利用して複数のポイントで声援をしてくれる(予定は市ヶ谷、三田、浅草の3か所)。

 高校陸上部からの友人で東京マラソン3回完走の、けーろくからの助言、『雨天レースでの必需品1:使い捨てレインコート』を確認、ロングシャツにゼッケン、シューズにチップをそれぞれ装着(はずれないように要確認)し、後輩三木はじめ在京友人らからの応援メールを読んで、そのまま23時に就寝してしまった。

●2月28日(日)、レースの日。
 早朝5時、起床。外は雨。パラパラどころじゃない、本降りだ。軽い朝食を摂り、移動の間も、雨はザーザーで、電車以外は、傘が必要。7時半頃に都庁周辺に到着。雨のため、ビル地下や屋根下のある場所にランナーが密集して、ウォームアップをしている。ボクもストレッチや軽いjogで、体を温める。8時10分、指定ブロックへ荷物を預ける。雨のこともあって、指定のビニル袋1つにまとめるには多めの荷物で、中へ詰めるのに四苦八苦した。

 けーろく助言『雨天レースでの必需品2:つばつき帽子』を忘れており、応援してくれるジャイアント・トトロさんに連絡、快諾してくれ、可能なら5km手前の市ヶ谷で受け取ることに。いっしょに出場できることになったマサースィさんから会場に着いたと、メールが届くが、ここまで人が多いと、どうにも会えそうにない感じだ。

 トイレはすでに長蛇の列、ボクは、けーろく情報:『スタート各ブロック内のトイレは空いていて、きれい』だから、早くに済ますつもりでいたが、荷物預けトラックからやや離れたトイレは8時半前でもガラガラ。「開かれた穴場」の感があった。晴天なら早くにスタートエリアに入って、前列に並びたかったが、「今のボクでは強い雨に濡れながら待てば、無駄にエネルギーを消耗してしまうだけやろうな…」、そう判断して、整列完了5分前の8時40分にエリアに入った。せわしく入ったので、直前のトイレには行けなかった。

 陸連登録のボクはAブロック。ブロックのほぼ最後部に、都庁渡り廊下が右から左へ頭上を貫いており、ここを屋根下代わりに雨宿りにして、スタートまで待機した。マサースィさんに直前にメールを通して「がんばりましょう」とエールを交わす(お互い、結構近くにいたようだ)。

●スタートー5km(23分36秒、以下5kmラップタイムは大会ホームページ速報から抜粋、ただし1km毎は自分の計時)
 セレモニーがこれから始まろうかという頃に、2時間20分以内のエリートランナーや芸能人とおぼしきランナーらがAブロック内に入ってくる。石原都知事の開会宣言に続いて、君が代斉唱。マラソン走る前に国歌を口ずさむ。威厳を感じる。

 9時10分、スタートの号砲。すぐそばで大砲が鳴り、頭上を紙吹雪が舞う。大人数が一斉に動き出すも、なかなか進まず、スタートラインを越えるのに1分少し要した。緩やかに下りながら、都庁界隈から新宿駅周辺へ。大ガードを越えて、1km5分41秒。うねるようなランナーの波。富久町西交差点からの目に見える下り坂を終えるまでは自重を意識しながらも3km14分55秒。周囲のペースに合わせ気味、あかんあかん、あくまで自分の今のスピードや。雨脚はスタート時よりさらに強まっていて、明らかに寒い。スタート待機の30分で、やはり体が冷えてしまい、走り始めて間もない段階で、早くも尿意を催していた。
 
 防衛省を通過、市ヶ谷へ。コース右側に応援団陣取るとの事前知らせだったが、目印の『幸福の黄色いハンカチ』がなかなか見つからない。直前で反射的に気づき、瞬時止まってしまったが、無事、りえさんから帽子を受け取れた。トトロさんは審判資格を持っている(確か…)ほどのサッカーフリークであり、そのせいなのかキャップはアディダスだった。色もこの日のボクのウエアとほぼ同じ紺だった。トトロさんは非常に気遣いの細かな方で、これも、出走前から「タイガースカラーでいきます」と伝えていたボクのウエアに合わせてくれたのだろうか、と、走りながら、感謝した(偶然だったか?)。すぐに5km通過、スタート出遅れを差し引くと、ちょっと速いかな、と感じた。

●5km−10km(23分41秒/47分17秒)
 飯田橋交差点右折、JRガードをくぐった頃からトイレを探し始めた。沿道にまんべんなく表示が記されており、前方にトイレマークが見えれば、コース左右に関係なく、なるだけ「待ちがなさそうな」箇所をチェックしたものの、空いている所はなく、結果として無用に蛇行する形をとっていた。7km32分6秒専大前ではチアガールが華やかにエールを送っているのが見えた。

 竹橋の毎日新聞社ビル通過後は、右手に皇居を見据える形に。もはや尿意は我慢できず、8km36分29秒後すぐの、気象庁横の簡易トイレに飛び込んだ。が、トイレ待ちがあり、もどかしくも1分30秒程度のタイムロス。芸人ランナー猫ひろしは今大会2時間55分の記録をマークしたが、おしっこは垂れ流しだったらしい。芸名変更の憂き目に遭わないためにもトイレ待ちは許されず、『猫魂』を見せたのだろうか。
 
 無事にトイレを済ませると、ようやく気持ちも落ち着いた。ここからボクのレース本格参戦。皇居前広場の9km41分32秒、ロスを取り戻そうとピッチが速めになっていたので、自重。10kmフィニッシュのランナーのラストスパートと並走しながら、日比谷交差点を右折し、10km。今の脚感覚なら、この荒れた天候下でも「5km23分・イーブンペース・3時間20分切り」の設定でいこう、と決めた。

●10km−15km(22分22秒/1時間9分39秒)
 向かいの日比谷公園に目線がいっていたこともあって、帝国ホテルは行きも帰りも分からず。日比谷通りを一路、西に向かうのだが、道幅が広く、ランナーの数も減っていることもあり、視界が一気に開けている。増上寺前では声援する子供たち(多くのなかのわずかだったけれど)とハイタッチ。

 10km前後からペースが4分25秒/kmで推移している。脚の調子もまずまず、だ。しかし、冷たい雨は降り続いていて、これ以上のスピードは出さないことが、今のボクには賢明のようだ。13km1時間1分36秒、JR田町駅の標識が出ているあたりで、応援団を往路の向こう側で発見。

 『幸福の黄色いハンカチ』はボクの名前が大書された黄色の旗だった。BBSでトトロさんが「(作製費を)奮発したら、すごいものができました。棄権したら、ぶっ飛ばす!」と書いていたけど、ずいぶん遠くからでも肉眼確認できました。この旗を見つけた時は正直、こみ上げるものがあり、思わず、応援団に大声で「おーい!(とっさに適当な言葉が浮かんでこなく、口に出たのが『叫び』だった。こういう時もアドリブ能力って必要なんでしょうか)」。

 当然、マサースィさんバージョンの旗も用意されており、こちらは豊洲で日テレによって、しっかり放映された模様。全国ネットですよ!
 
 泉岳寺交差点の稲荷神社社殿が確認でき、ペースが軌道に乗っている手ごたえ(脚ごたえ、か?)あり。

●15km−20km(22分46秒/1時間32分25秒)クリックすると元のサイズで表示します
 品川がなかなか近づかず、距離が長く感じるが、観光バスなどがバリゲートになる形で、前方の道は遮られており、折り返し点。気持ち的にも脚にも余裕がある。ただ雨を含めた寒さは、自身のエネルギーをとても消耗させている感あり。17km1時間18分45秒、田町で今度はしっかりと応援団発見。満を持して、「みんな、応援ありがとう!」と声に出した。

 ここで地下鉄三田駅とJR田町駅が近接する位置関係であることを初めて知りました。18km1時間23分23秒、左手にわずかながら東京タワーの存在が。路面をたたく雨がランナーには酷だ。20km手前あたりから、早くもそれまでとは一転、少しペースが落ちている感じがあった。

●20km−25km(23分19秒/1時間55分44秒)
  日比谷公園周辺から、目に見えて群衆が多くなっている。日比谷交差点右折すぐのペニンシュラホテルが中間点で1時間37分33秒。まずまずのタイムだが、後半のペースダウンを考慮せねばならない。JRのガードをくぐると、いよいよ銀座だ。銀座4丁目交差点前後から人の数はさらに膨らんでいる。
 
 和光ビルの角を左折し、銀座中央通りに入る。地響きがするような(ホンマに)、ものすごい声援だ。シャネルやブルガリの店舗が左右に位置しているはずなのだが、人垣で全然わからない。これだけの声援を受けて銀座の目抜き通りを走るなんて、市民ランナーとして最高の贅沢!クリックすると元のサイズで表示しますしかし、降り続く雨粒は明らかに大きく、なにかしら冷たい。それもそのはずで、すっかり、みぞれになっていたからだった。かなり気温も下がっており、スキー場を走っているようにも感じた。

 レース前から楽しみにしていた、老舗『木村屋總本店』のひとくちあんパンを食べる。さすが名門の味、ウマい!ところが、日本橋交差点を右折してのCOREDO日本橋あたりから吐き気が襲ってきた。ペースダウンさせたが、気分不良は続く。千代田橋のゆるやかな登りで、ゼリー飲料を摂ると、しばらくして蘇生した。あんパンが合わなかったのか、エネルギー切れだったのか、よくわからない。茅場橋の小さなアップダウンでは、しっかり通過できた24km1時間51分4秒。

 それにしても、めちゃくちゃ寒い。ウェアはびちゃびちゃ、水溜りを越える度に、シューズの中に大量の水が入ってくる(冷た!)。クリックすると元のサイズで表示します手袋は濡れきって、手指の感覚がまるでない。けーろく助言『雨天レースでの必需品3:薄手のゴム手袋』を忘れてしまい、先人の知恵を生かせず、痛い目に遭いました(笑)。

●25km−30km(23分43秒/2時間19分27秒)
 地図で事前チェックしているとはいえ、地理感覚がまったく未知だ。久松町交差点25kmを過ぎても、氷雨の勢いは続く。JR総武線のガードの周囲は人形店のビルが目立った。道幅は広いが、なんとなく下町風情が漂っていると思うのは気のせいでもないはず。27km2時間5分25秒、1km4分45秒ペースになっている。
 
 駒形橋西詰交差点から左方向へ。前方には浅草寺雷門。とにかく大きい。太鼓がたたかれ、盛り上がっていた。雷門の前で右折、隅田川が前に見える。もうひとつの楽しみだった、人形焼は結局、どこに置かれているのかもわからずじまいだった。さらに、みぞれの勢いは強まっていた。

●30km−35km(24分54秒/2時間44分21秒)
 「マラソンは30kmまでが前半、そこからゴールまでが後半」とはよくいったもので(これが上級のスピードランナーになると35kmまでが前半になる)、ここからが本当の折返し後といえる。明治座前では役者さんの名前が書かれたのぼりが雨に濡れて萎れていた。32km付近になる帰り道の茅場橋の緩やかな傾斜は脚に堪えた。1km4分50秒を切ってはいるが、失速傾向。
 
 ウェストポーチから最後のゼリーを出し、開封を試みるも、濡れた手袋を介して、手指が寒さでマヒしてしまって、うまくいかない。銀座に入って、コース沿いの補助員の人にゼリーを開けてもらおうとお願いしたのだが、その人も開封できない。どんな硬さや(笑)!最後は自らがありったけの力を込めて、なんとか開けることができた、めでたし、めでたし。銀座中央通りは声援する人の数がさらに膨れ上がっていて、お祭りみたいだった。クリックすると元のサイズで表示します34km2時間39分18秒、1km5分突入だ。
 
 三越を左にみながら、銀座4丁目を左折、晴海通りに入る。ここまでほとんどフラットな道のりで、走りやすいコースやなあ、と実感していた。場外市場がある、築地交差点を左折直後、偶然にも応援団(手を振る直子さん)を発見。カメラを構えて、シャッターを切るトトロさんの姿も目に焼きついた。交差点すぐの本願寺前が35km地点。

●35km−40km(25分32秒/3時間9分53秒)
 築地界隈を過ぎて、入船橋交差点を右折すると、目の前にはっきりと最大の難所、佃大橋の登りが見えた。「死んだペース」状態で大橋に近づき、ゆるりゆるり、と登り始める。36km表示のあたりで、ボクより前を行くランナーの何人かが、この寒さで、脚がつったのか、坂の途中で立ち止まってストレッチをしている。ボクの方は、さらにスピードの切れを失い、自分でも「止まっているぐらい遅いんじゃないか…」、という速度に思えたのだが、これがマラソン後半の洗礼というものや。クリックすると元のサイズで表示します「佃、初見、朝潮の3つの橋が連続する」とガイド本をマル暗記していたとおり、ここは大きなポイントだった。37km2時間54分30秒。まだ5kmも残っている。
 
 豊洲に入って、前方に見えるジャスコが、やたら遠くにあり、なかなかたどりつかない。この間の、1.5kmに及ぶ直線路で、『スーパーマリオ』の格好をした髭のおじさん(外国人だったか?)とヒート(デットヒートと呼べるものじゃない…)を繰り返した。しかし、この緩慢な速度では、3時間10分台でフィニッシュするのは難しい。とうとう25分/5kmを越えるものとなってしまった。クリックすると元のサイズで表示します

●40km−ゴール(11分28秒/3時間21分21秒)
 東雲に入る。長い道のりも、もうすぐ終わりだ。ここへきて、雨もほとんど降っていない。有明コロシアム交差点左折、最後の登りだ。41km3時間15分3秒、シャッターポイントで『オールスポーツ』のカメラマンが撮影している。歩いているようなスピードだけど、努めてレンズを意識した(後日、写真を見ると、全身疲労感どっぷりの、悲哀の姿だった)。
 
 ビッグサイト前交差点左折、ゴールは近い、いよいよラストだ。ゴールゲートの時計は3時間21分台を刻んでいる。クリックすると元のサイズで表示しますフィニッシュラインを越えて、完走メダルを首にかけてもらうと、言葉では現し尽くせぬ、なんともいえない充実感が胸いっぱいに広がった。

●おわりに。
 あれだけの声援を受けて、『花の都、大東京』を走っていたのが、自分でも信じられないのだけど、ボクは確かに走った、完走した。何より、石のように硬くなった、痛みを伴った脚が証明している。応援団の皆さんとの打ち上げ、『月島のもんじゃ焼き』は、生ビールの酔いも手伝って、疲れた体に沁み入る旨さだった。

 東京駅まで見送りに来てくれた、応援団の皆さん、そして新婚の愛妻が見守るなか、初マラソンを見事にサブ5完走の形で果たしたマサースィーさんらと、新幹線改札前で力強く握手。

 「皆さん、今日は応援、ホンマありがとうございました」、一礼し、気持ちは軽やかに、そして、脚を重々しく引きずりながら、ボクはのぞみに向かった。両手には、トトロさんから「東京土産です、ご家族で食べてください」と頂いた、かりんとう詰め合わせが入った紙袋と、大きな『幸福の黄色いハンカチ』応援旗を携えて。


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