うーん、これまはなあ、信仰というか固執というか。
という感覚に遭うことがある。
頭が固まっている人の文章や話など。
1−たとえば、憲法九条の改憲反対の論調なのだけれど
「絶対に改憲反対、永遠に一切をいじらせない、どんな状況でも反対、非武装中立」
という方々。
そんな主張は
現実に日本の自衛隊は、世界有数の軍隊であることを無視している。
日本に侵略されたアジア各国に言わせれば、「白々しい」というものなのにね。
今次の改憲は、昭和40年代の自民党であったならばありえない改憲案。
「国際協調」の名の下に、アメリカとともに戦争をし、更に属国になるもの。
だからこそ「今次の九条改憲は反対!」で最大公約数を求めるべきもの。
2−例えば、死刑廃止論において
「人は絶対殺してはならない」というような言い方の人。
いえね、以前も書いたけれど、正当防衛や緊急避難はもちろん、私は日本が万一侵略されたときには、レジスタンスとして勿論、侵略者を殺す決意でありますです。個人的には良い人でもね。
つまり、あのー「人は、勿論例外的にだけれど、時には人を殺して良い」のです。
死後に最後の審判があって其処で解決してくれるとか、慈愛の念で殺人者を許すべし、とか、よくもまあ自分の「信仰というか固執というか」を人に言えるものだ、と気になる。
で、朝日新聞の「永世死刑執行人」とか「死に神」という言葉は、鳩山法務大臣だけでなく、死刑執行に携わる刑務官らすべてに対する侮辱なんです。
死刑制度の存置賛成派や関係者について、「死に神」なんていう感覚でおられるんだろうね。失礼な話だ。
自分が絶対的に正しいという信仰、固執
「死に神」表現なんて、それ自体で最悪の中傷でしょうが。
「死刑の理由」という本100冊ぐらいを送ってあげようかな。
朝日新聞の関係者は白々しい弁明はよして、まともに考えなよ。
書いた本人を直ちに解雇しなさいよ。編集長ら関係者は処分しなさいよ。
「誰が好きでハンコを押すものか!
誰が好きで死刑を執行するものか!
なんでこんな酷い事件を起こしたんだ!
と嘆きながら悲しみながら、
死刑を執行しているんだよ。
それも分からずに、感じもせずに
バカッタレが!」