2006/5/13

「日本国民」と「オウム信者」  オウム・カルト・犯罪

上の続き

ああ、それから、R30さん、

大日本帝国の場合とオウムの場合を一緒くたに話すのは、オウムの術中そのままです。
この日記の5月2日にある
「・大日本帝国に似ているとして、国民を味方につける。」
のとおりです。

しかしね。

1−大日本帝国では、女性は勿論、男性とてそう自由に選挙はできなかった、
2−大日本帝国では、政権に逆らえば、投獄されたり、殺された
3−国家の場合、そこから抜けることは経済的、文化的、過程のことからも事実上極めて困難
4−日本の場合、靖国神社への公式参拝をしているなど不十分なところもあるが、国家としては1995年の首相声明にあるとおりしっかり謝罪しており、条約締結の際にさまざまな形で補償をしており、さらに不十分なところについてさまざまに運動している人もしっかりいる。
5−日本国民は、単に日本国民なのであり、多くの人は「天皇陛下万歳」「大東亜共栄圏を作ろう!」などとの思想にもはやない。

1−オウムの場合、もともと勧誘されたが嵌らないでいた人もいた
2−オウムの場合、マインド・コントロール、洗脳があるとはいえ、それでも脱走した人も少なくなくいた、
3−オウムの場合、逃げる場所は実際上はあった
4−オウムの場合、まして1995.5.16の後は、容易に逃げられた、それからもう11年
5−しかも、その信者は未だ「麻原彰晃」に帰依している。

以上の違いはきわめて大きいものです。

以上からして、
たしかに、大日本帝国の所業を許した日本国民に責任はあるでしょう、戦後の国民にも日本の責任を政府に果たさせ尽きていない以上、責任はあるでしょうが、

それと現役オウム信者を責任(=どの程度非難できるかというレヴェル)は、あまりに異なります。

このことは、しょもない「一部の知識人」が時に言うことでもあるので、改めて書きました。

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頭書のサイトの所にも、以上を書いたことをコメントしておきます。
トラックバックと言うのが、やはりまだわからないので。

草々
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