2017/3/21

百かゼロか  日常のこと

 何にしても百かゼロかで判断したがるのは困るなあ、と思う。

 人も集団、組織も全一的に正しい、聖人君子、無謬なんてのはあり得ないのだから。

 過去、何人もの立場ある人、組織での不倫事件その他の下半身事件、金銭事件、連帯保証事案などなど代理もし見てもき、その発想での極端な潔癖性、極端から極端に走っての悲劇をいくつも見てきた。自死してしまった人もいた。本来の相手方が喜ぶ事態になったこともあった。

 それは、破壊的カルトから抜けた時に、「ポッカリと心に穴が開き→自己嫌悪→元のグルや主義主張を憎む」過程とも似て、途中、新しいグルを求めたがる心理にも似ていると思う。いつか、これらを乗り越え、百かゼロの発想を無くしてほしいと願う。

 今、時には「どんな経緯があっても他に甘く、時には自分に対しても甘くてもいいんじゃないですか」なんて言ったりもする。合言葉はボチボチ
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2017/4/4  19:54

投稿者:友北

ええ、カルト度もゼロか百かではないけれど、なんでそんな感覚なのかなあ、と不思議に感じます。

2017/3/24  19:40

投稿者:さば

カルト団体脱会した人は心理的にかなり苦労する人が多いようですね。

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