2017/3/13

オウム事件からみた共謀罪  カルト・宗教・犯罪

「オウム事件からみた共謀罪」として、まとめて書いておきます。

 戦後最大の治安事件でありテロ事件である1995年発覚の「オウム事件」につき、参考までに述べておきます。
 日本は原子爆弾を2回落とされ、化学兵器サリンを無差別大量殺人のために2回使われた国になってしまった。あれは内乱でした。
 そしてオウム事件は、共謀罪があれば止められたというものではなく、警察が当時の法律を適用してまともに機能していれば止められたものです。逆に、共謀罪などあっても警察がまともな感覚にならなければ止められないものです。


1―最初の事件は静岡県富士宮市での1988年の男性水死虐殺事件であり、次は1989年2月の同書での男性首折虐殺事件です。それら遺体を焼く臭いなど通報があったのに、消防・警察の連絡や感覚が鈍く調べに入らなかった。

2―その頃には、未成年の子どもら行方不明になったと親から、次々と世田谷区赤堤にあった東京道場を管轄する警視庁初め、警察に相談があったのに、警察のまともな対応がない。宗教法人になったのは1989年8月25日ですが、その前から危ない団体でした。

3―その頃には、地元の小学校に親子連れで出家していた子供らが通ってこないという学校教育法違反もありました。静岡県警の問題です。

4―1989年11月の坂本弁護士一家殺人事件では初動捜査のミスと、オウムのバッジが遺留品にまでなっているのにしっかりとした取り調べに入らなかった状況でした。神奈川県警の問題です。

5―1990年2月の衆議院議員選挙では、東京の世田谷区世田谷2丁目だったかなその1軒屋に住民票118人だったかな集約するという異常な住民基本台帳法違反、公職選挙法違反があり、多くの弁護士にて告発したのに、警視庁はまもとに対応しなかった。

6―1990年5月だったか私へのフィルム奪取事件では山梨県警が動かなかった。

7―1990年10月には熊本県の国土利用計画法違反では、早川死刑囚らを逮捕し指紋が損傷紋であったのにそれらが神奈川県警と情報を密にしていなかった。

8―1990年以降、「事務所」名目などで建てたのに道場や宿泊施設になっていたり、建築確認通りの建物でないのに対応していなかった建築基準法違反を放置した。川から大量の水を採取する河川法違反があっても、放置した。山梨県警です。

9―1991年、1993年には関係者宅から盗聴器が発見され、私が関係して現物まで発見した警視庁の三鷹署関係でも動かなかった。

10―1994年6月には松本サリン事件、科学捜査がまともになされず、実に遅れた。長野県警、そして化学兵器サリンなのだから、公安警察を初め、確実に警察組織全体の問題です。

11―1994年には、宮崎県、山梨県内では信者拉致事件が、東京のオウム真理教医院では不審死が続いたのに警視庁が動かなかった。

12―1994年9月、盗聴器がオウムと戦ってきた村民2軒から発見されたのに警察が動かなかった。公民館の1つなどはなんとテレビ局が発見した。地元の静岡県警富士宮市署や富士吉田署は、1994年秋以降、オウムから監視されていて警察はむしろ盗聴されているのを恐れていた

13―1994年夏には薬物使用が、1994年秋には内部虐殺事件を、私が直接の情報提供者の陳述書を渡し、その調べなど要請したのに神奈川県警が対応しなかった。1994年11月には薬物使用の後3日目の脱会者から血液採取の了解も得られたのに警察は対応せず、私が医師に依頼して血液採取・保存までしてもらったのに、鑑定をしてくれなかった。

14―1994年9月20日江川紹子さん宅がホスゲンガスで攻撃されたが、神奈川県警は鑑定その他をせず、10月4日からだったかな江川さん宅と、私の事務所・自宅を24時間警備するにとどめた。

15―1994年11月3日には、私から、あらためて各警察・検察庁にも、教団が末期症状であること、松本死刑囚がお山の大将で我慢できず外部への攻撃衝動、崩壊させる喜びを追及している、捜査が近い時にこそ危ないなどと、各種情報、説法とともに知らせているのに、まともな対応がなかった。1994年12月末には、事務所に来た県警幹部から必ずや近く捜査に入るから、役立つのこと、内部虐殺のことは、他の弁護士を含め一切伝えないよう「保秘」を改めて要請されたのに。

16―1994年12月の水野さん、浜口さんVX事件、1995年1月4日の永岡さんVXの事件があったのに、警察がまともに対応しなかった。永岡さん事件なぞ6日、私が安坂所に怒鳴り込んで「今実況見分しておかなかったら途方もない失点になるぞ」と脅かしてようやく見分した有様だった。科学捜査が不十分で、当初スミチオンと判断し、自殺未遂だと決めつけ。警視庁の奥の部屋で私に対して湯呑にスミチオンを入れて私に嗅がせ、「永岡さんはこれを飲んだんだ、事情を分からないが自殺未遂だ」と断言してはばからなかった。警視庁の大きなミスです。

17―1995年1月上旬から私の自宅に保護した拉致事件被害者であり、内部虐殺、薬物のことを知っている元出家者につき、ようやく調書取りが始まった。滝本太郎自宅での員面調書、検面調書なぞを作り、またようやく髪の毛を採取しての鑑定により薬物使用が証明もされた。

18―1995年2月末の公証役場人事務長拉致事件では、直ちに教団の関与が疑われたのに、警視庁は直ちに教団の監視を始めなかった。
 その直前には、私から「心覚え」としてヴァジラヤーナに入っている50名ほどの名簿を示し、取り調べ手法の在り方も示していたのに。警視庁捜査1課特殊班には、私が提供した教団が使用している車両300台、出家者数百人の個別情報を、なんと改めてまた渡すほかなかった。

19―1995年3月中旬の、霞ヶ関駅構内での噴霧器事件では、直ちに教団だという声が各所から上がったのに、警察の監視が始まらなかった。その子、私は「もう戦争が始まっているのに、なぜ気づかないんだ」という教団ビラを警察に提供もした。警視庁の問題です。

20―ちなみに、団体全体を見る、監視などして一網打尽に解決しようとする「公安警察」が動いたのは、1995年3月30日の警察庁長官銃撃事件の後です。現在は「以前からS、スパイを入れていた」などと言っていますが、どうみても大嘘です。公安畑は、とんと資料がないことを訴え、私から、改めてこの部署あてに、私が把握していた車両300台、出家者数百人の個別情報を、なんと改めてまた渡すほかなかった。公安警察の問題です。

 すべて、警察の感覚が鈍かったからです。「宗教の壁」「管轄の壁」「科学捜査の壁」と言っても良いと思いますが、当時の刑事罰の法律、捜査に関する法律でも、警察の感覚がしっかりしていれば、このような実質的な犯罪行為を摘発することに拠り、止められたものです。「共謀罪」なぞ、オウム事件でも不要でした。警察は、テロリズムをどういう者が起こすのか、それを知って鋭敏に対応することこそ、もっとも大切であり、実質犯罪に至った事案にまともに対応しさえすれば、オウム事件も止められたのです。


 ちなみに、これら警察のミスが認められたからこそ、私へのサリン攻撃事件を含めてこれらテロ事件につき、国から被害者への給付金を支給する法律ができたのです。下記です。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H20/H20HO080.html

なお、
1―「共謀共同正犯」の何がいけないの?、ヤクザの親分も捕まるようにしておかないと、などと思っている人がいる。違うのだと。犯行に着手もしていない、予備行為もしていない段階の「犯罪する合意」で捜査・処罰できるのだと。これはっきり言わないといけないです。

2―「共謀罪」という一つの刑罰ができると誤解している人がいる。違うのだと。法律は一つでも、200以上の新たな「共謀」も処罰する刑罰ができるのだと。「新たなな刑法を作るようなもの」と言わないといけないです。

3―すでにある予備罪・陰謀罪の一覧は下記です。かなり十分ですね。
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2123.html

4―また、日本は既に13のテロ防止関連条約を締結し、これに応じた法制ももう備えています。
1 航空機内の犯罪防止条約(東京条約) 
2 航空機の不法な奪取の防止に関する条約(ヘーグ条約))
3 民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(モントリオール条約)
4 国際的に保護される者(外交官を含む。)に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約(国家代表等犯罪防止処罰条約)
5 人質をとる行為に関する国際条約(人質行為防止条約)
6 核物質及び原子力施設の防護に関する条約(核物質防護条約)
7 1971年9月23日にモントリオールで作成された民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約を補足する国際民間航空に使用される空港における不法な暴力行為の防止に関する議定書(空港不法行為防止議定書)
8 海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(海洋航行不法行為防止条約)
9 大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する議定書(大陸棚プラットフォーム不法行為防止議定書)
10 可塑性爆薬の探知のための識別措置に関する条約(プラスチック爆薬探知条約)
11 テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約(爆弾テロ防止条約)
12 テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約(テロリズム資金供与防止条約)
13 核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約(核テロリズム防止条約)
12



2017/4/20  14:33

投稿者:友北

 ガセで記憶を植え付けてしまったんだろうな、と思います。
 オウム集団は、自ら事件を起こすものでした。言われていた坂本事件も暴力団に依頼していなかった。武器も自ら作る、作ろうとする―カラシニコフも、原爆も、細菌兵器も化学兵器も、薬物も―という所に特徴があります。
 オウム内で、しっかりした銃が別に完成していたとは聞いてないし、集団内にあそこまで腕のある人はいないし、不思議だった。直後にロシアに帰ったみたいなぞと言わてたスナイパーかと思っても、そんな人はいないみたいで、かつそぐわないし。
 刑事警察が割り出し、自ら認めていた中村某氏、なのだろうと。

2017/4/19  20:24

投稿者:まさ

ちょっと思い出したんですが、
例の清水三姉妹の洗脳を解除した苫米地英斗博士が、警視庁のK元巡査長が公安警察スパイで、警察庁長官襲撃事件の真犯人だって未だにいってますが、どう思いますか?
彼はこの警官のカウンセリングを警察当局の依頼で実行して名を売ったんですけど。

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