2012/1/3
森達也氏の言説とメディア メディア・ネット
森達也氏って、なんなんだ。
http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html
の2012.1.1付「巻頭コラム No.145」
批判するのは自由だが、
「江川詔子」ではなく「江川紹子」です。
で、その文脈の中に
「裁判がまともに行われないのだから、麻原がなぜサリンを撒けと命じたのか、その動機や理由がわからない。だからこそ不安や恐怖が刺激される。」
とある。
なんなんだか。森氏は
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110903/archive
を初め、ここの2011.9.20、9.13、9.9、9.3その他に何度も書いてあるが、彼は
「弟子の暴走」論を展開してきて、なんと、オウムヨイショ学者の中沢新一らが選者となっていた講談社ノンフィクション賞を授賞した「A3」の中で、こう書いている。
「連載初期の頃、一審弁護団が唱えた「弟子の暴走」論について、僕は(直観的な)同意を表明した。二年半にわたる連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている。ただし弟子たちの暴走を促したのは麻原だ。勝手に暴走したわけではない、そして麻原が弟子たちの暴走を促した背景には、弟子たちによって際限なく注入され続けた情報によって駆動した危機意識があった」
と。現役信者さんが喜ぶ言説そのものであり、勧誘にも使えます。
弁護団主張の「弟子の暴走」論は、すなわち教祖の無罪を主張しているんだから。(被告人の弁護人としては、本人が無罪になりたいとしている以上、仕事として認められるものですけれど)
ところが、この2012.1.1ブログでは、「麻原がなぜサリンを撒けと命じたか」と、その認定を前提として動機云々と記述している。「弟子の暴走」論とは明らかに矛盾する。「サリンを撒けと命じた」のならば「弟子の暴走」とは言えないのですよ。森さんって、いったい何なんでしょうか。
そしてまた、こんな人のさまざまな言説を時に
・載せる新聞社とか、
・使うテレビ局とか
・週刊誌・月刊誌とか
・もちろん、講談社とか
は、なんなんだろうか。
本人ともども恥を知るべきだ、と思う。
20
http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html
の2012.1.1付「巻頭コラム No.145」
批判するのは自由だが、
「江川詔子」ではなく「江川紹子」です。
で、その文脈の中に
「裁判がまともに行われないのだから、麻原がなぜサリンを撒けと命じたのか、その動機や理由がわからない。だからこそ不安や恐怖が刺激される。」
とある。
なんなんだか。森氏は
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110903/archive
を初め、ここの2011.9.20、9.13、9.9、9.3その他に何度も書いてあるが、彼は
「弟子の暴走」論を展開してきて、なんと、オウムヨイショ学者の中沢新一らが選者となっていた講談社ノンフィクション賞を授賞した「A3」の中で、こう書いている。
「連載初期の頃、一審弁護団が唱えた「弟子の暴走」論について、僕は(直観的な)同意を表明した。二年半にわたる連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている。ただし弟子たちの暴走を促したのは麻原だ。勝手に暴走したわけではない、そして麻原が弟子たちの暴走を促した背景には、弟子たちによって際限なく注入され続けた情報によって駆動した危機意識があった」
と。現役信者さんが喜ぶ言説そのものであり、勧誘にも使えます。
弁護団主張の「弟子の暴走」論は、すなわち教祖の無罪を主張しているんだから。(被告人の弁護人としては、本人が無罪になりたいとしている以上、仕事として認められるものですけれど)
ところが、この2012.1.1ブログでは、「麻原がなぜサリンを撒けと命じたか」と、その認定を前提として動機云々と記述している。「弟子の暴走」論とは明らかに矛盾する。「サリンを撒けと命じた」のならば「弟子の暴走」とは言えないのですよ。森さんって、いったい何なんでしょうか。
そしてまた、こんな人のさまざまな言説を時に
・載せる新聞社とか、
・使うテレビ局とか
・週刊誌・月刊誌とか
・もちろん、講談社とか
は、なんなんだろうか。
本人ともども恥を知るべきだ、と思う。
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