不定記
なんのことはない、気まぐれ日記。
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2009/7/5
「\わっはっは/」
日記
今日捨てる雑誌などをオカンと束ねていた時に、たまたま上に載っていた新聞にデカデカと書かれていた文字「下克上」
何気なく
LAZU「下克上って言葉が好きな人は、きっと負け組み」
って言ってみたら、オカンに笑われましたがな。
オカン「それを言っちゃあwwwww」
そ れ を 言 っ ち ゃ あ っ て な ん だ ろ う
嗚呼、もう、この人とは、一生付き合っていけそうだわ
投稿者: LAZU
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2009/6/24
「趣味が減った瞬間」
日記
もう1年くらい前からだけど、絵描きが楽しくない。
3年くらい前までは、画力なんかウンコでもそれなりに楽しかったんだけどな。
今絵を描こうとすると
どうせ描くなら完璧に描きたい→面倒くさくなる→描くの辞める
の繰り返し。
なにこれ。
人のせいのはしたくないけど、身近に物凄いイラスト批評家のような人がいて、プロ作品にもケチつけまくるんですよ。
やれ「下手絵」だの「バランスがおかしい」だのと、その人は学校卒業してからは、全く絵を描かない人なんですけど、まぁ「 身 内 」なんで、何かとその人の意見が耳に入りやすいです。
漫画を貸して、同じ場所に私がいるとまず始まるのが批評「ここがおかしい」「この話はおかしい」「誰々のこの台詞は意味不明」「コテコテな展開だね」ほか、ほか、ほか。
もうね、ウザイ。すんごいウザイ。
本人にも何度か言ってるけど、プロでそんだけ貶されてたら、素人どうなるんだよって。
「プロの癖にって思いがあるの」とか、なにそれ、なにそれーーなにそれーーー。
またこの人の批評ポイントが、トンチンカンでないところで憎さが増すのね。
でも「言われてみればおかしいけど、言われなきゃスルーしてた」ような箇所、いつもそう。
すごく小さい頃に、私が自信満々に描いた絵を無謀にもその人に見せたことがあって、その時は「うまいねー」としか言われなかった。アルェー?
調子こいて次々絵を見せまくって、大体「うまいねー」って言われるんだけど、ある程度私が歳くったら、始まりましたよTHE☆批評。
絵を描いてる人ならたぶん、誰しもあると思うんだよね、自分の絵が批評されたことって。
でもその時の自分が「これが最高傑作」と思ってた絵をぼろくそに言われると、正直嫌気さすね「○○がおかしい」って言われても、どうおかしいのやらって心境だし。
未成年の頃に学んだ絵に関することは、本当に大切にしたい絵は他人に見せちゃイカンってことでした。
これは絵だけじゃなく、思想とかでも言えると思うんだけど、他人相手に本気を出すほど諸刃の剣というか・・・。
話を戻して、絵を描く時はいつもその批評家の身内が脳裏に現れます。
「やれ動きがない」だの「いかにも少女絵」だの「バランスが(ry」
頭の中は相当うるさいです。でも、どれも事実の指摘であるから気がついたら、もう無視するわけにもいかない。
(似たようなもので、小学校とかにさ人が描いた絵を裏から透かして得意げなってる子、いたよね「デッサンがどうこう」とか素人がプロの専門用語使って得意になってる子)
絵ってめんどくせ。
時間と出来上がる絵の質のつりあいが取れなくなって、時間の無駄にしか感じられなくなりました。
今から思うと、私は絵を描くのがすきだったというより、その批評家のごとき人から「うまいねー」って言葉欲しさに描いてただけなのかもね。
だから余計にあの批評が脳裏の焼きつくのかも、うざいけど。
ここでBUMPの曲の一部
「得意なことがあったことー今じゃもう忘れてるのはーそれを自分より得意な誰かがいたから」
全くね、本当にね。
井戸の中の蛙だった頃は幸せでした。
投稿者: LAZU
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2009/6/21
「アレにハマるとコレが飽きる。」
日記
って心境になりやすい気がする。
何かにハマると、今までハマってた何かに飽きる。
1度に興味が持てる範囲のようなものが、決まっているのかもね。
あと、上の文章とは全く関係ないんだけど、不幸を抱えてそうな友人が「自分の不幸を話すと他人を不幸にするから話したくない」って意味のことを言っていて、その時は「なんだそりゃっ」て思ったんだけど、私なりに少しだけ分かったような気がするよ。
「ああ、そんな辛いことがあったんだ、私大した努力もせず、恵まれた平凡な日々送っちゃってるよ、なんか悪いような気がしてきたよ、あなたとは遠い人間かもしれない」
って感じのことを考えちゃうね。
でも逆の、幸せなことばかり喋る人にも「遠い人間」って感じるね、不幸の場合とは別意味で。
「こんなに幸せな日々過ごしてる人の生活に、水(自分の不満話)さしたくない」
とか思っちゃうね。
誤解されそうだけど、友人達の幸せは素直に嬉しいですよ。
ただ、幸せを満喫してる時には関わりたくないなって思うだけ。
投稿者: LAZU
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2009/6/14
「距離感」
日記
「あいつ超ムカつくんですけど、あーーーウザイ、思い出すだけでもイライラする!」
ってくらいに、自分が格別に人を嫌う時ってどんな時だろーかと、少し考えてみたら、相手と自分の距離感が大きく影響してるのかもしれない、なんて考えが出てきました。
脳は一瞬間に意識できることが、意外と少ない(ように感じる)もので、繋がっている時間が短く・印象の薄いモノほど忘れやすい傾向があります。
私は、少し接してみて「不愉快・合わない」と思った人には、それなりに距離をおく(場合によっては2度と接しない)よう動きます。
そうやって、印象が(マイナスの意味合いで)濃い人とは繋がる時間を短くすることで、不快感が脳裏に焼きつかないよう無意識に脳が計算しているのかも。
・印象と相応の距離感をおけない状況(もしくは心境)
っていうのが、格別な嫌気の発生源であることが多いのかもしれない。
全く繋がりはなくても印象の濃いモノ(例に動物虐待を趣味にしている人など)の存在も、メディアを通して知っているはずですが、それよりも圧倒的に意識しやすいのは「もっと身近にいる、犯罪者でもない凡人」だったりして。
家族間で起こる殺人事件も、大して不思議に思わないマット・LAZUとは私のことです\(`・ェ・´)/
投稿者: LAZU
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2009/6/5
「感極まる年齢」
日記
初めて感動したことは、いつ頃の何に対してだったのか、少し考えみたものの、全く思い出せません。
昔から「感動系」と言われる映画や小説、歌などを見聞きしても、内容を楽しむ(理解する)のみで、そこに共感や感動が生まれることは稀でした。
成人して、会社勤めをある程度経験した今の方が、学生だった頃の自分と比べて、共感できる出来事や感情も見つけたり増えて心が柔軟になっているような気がします。
最近プリキュア5に魅入っています。
Σ(゚ ω 。)
投稿者: LAZU
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