旅の回想録について  1996〜97原付日本一周

10年以上前の旅の回想録です。

この項は固定です。
そのままスクロールして本文に行って下さい。

当時日記帳に書いたままを載せているので、現在進行形の形で記述しています。
そのため、2012年現在とはかなり違っている所もあると思います。
その点はご了承ください。
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2011/3/17

水の確保 飲料水をつくる/簡易コンロ  日々雑記

避難所では、飲める水が足りない!
アウトドアで、水を確保する方法
簡易コンロのつくり方 を検索しました。


夜露や雪も泥水も、蒸留すれば飲めます。
何とか簡易かまどを作って、やかんが無くても鍋があれば、コップやアルミホイルがあれば飲料水が得られます。

イラストつきで解説
http://www.children.ne.jp/outdoor/campcook/6-4.html



簡易ろ過装置(模型)ペットボトルで作ったろ過装置
http://blogs.yahoo.co.jp/kitagawa677/24555065.html



簡易コンロのつくり方 イラスト入りでわかりやすい!簡単!
油があれば、アルミ缶とアルミホイルとティッシュで出来ます。
http://blogs.yahoo.co.jp/hasunositaotama/19453820.html

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2011/3/15

災害時の知識  日々雑記

< 被災時に必要だと思われる救援物資 >

・食糧
缶詰→缶きりいらずの指で開けられるもの
米→真空パックご飯か、水を入れて戻せるアルファー化米がいい
赤ちゃん用のミルク
日持ちのする調味料もいいかもしれない
・水
飲料水
水を入れるバケツやポリタンクなども必要になってくる
・防寒具
毛布
ほっかいろなど
・衛生用品
女性の生理用品、子供のおむつ、大人用のおむつ
・防塵マスク
・防災頭巾
・軍手
・ゴミ袋
大きい方がいい・給水車の飲み水を入れるバケツ代わりになったり色々と使い道が多

・ラップ
頑丈な奴が便利・皿に敷いて洗う用の水を節約したり傷に巻きつけて止血や木と一緒
に巻いて包帯代わりになる
・クッション
生地が厚い奴がベスト・外に避難する時は頭を守れるし避難生活中は枕にすると少し
体力を維持し易い
・通気性の良いスニーカー
通気部分以外はガッチリした奴・頑丈な靴だと足元に散らばってる破片で怪我をし辛

通気性が良いと水の中を安全に歩けるから クッションはあればでいい
・その他雑貨
電池やカセットボンベ


< ボランティアで行く人 >

個人で行く場合、自分が食べる分は救援物資とは別に各自で用意する必要があります

助けに行きたい気持ちはわかりますが、今は行っても迷惑になるだけの可能性が高い
です
中越地震の時、物資の仕分けが大変すぎて、個人の物資は受け取らない方向にしてい
たそうです
救援要請の窓口が開くまで待ちましょう

窓口が開いたら、見逃さないように!開いたら窓口のソースの拡散を!

※ 原発周辺地域には、近寄らないでください! 支援に行くのでなく、避難を受け
入れる事だけを考えましょう!

*** *** *** *** *** *** *** *** ***


>> 電気屋さんからの忠告!です。


ただ今地震で停電している地帯の方はブレーカーを全て落として下さい。
通電されたら小さなブレーカーを一つづつ入れて下さい。
漏電ブレーカーが落ちるようでしたら、無理に入れず、電気事業者等に連絡をとって
下さい。
漏電による火災を防ぎましょう。


>> 携帯メール状況

現在携帯のメールは勝手に受信せず、
新着メールの問い合わせ(センター問い合わせ)をしないと受信しないです。
気がつかない人がいます。


*** *** *** *** *** *** *** 
【物資&ボランティアは 今日明日は動かないで我慢してください】

現場混乱してるから受け入れする余裕ないようです。
それと余震や津波の第2、3波の危険性があるから
来ても巻き込まれる可能性もあるのと
巻き込まれて余計な要救助者をだして
本来行く筈の人にレスキュー行かなくなって
迷惑になるみたい。

【支援は窓口で相談確認してください】

各自治体、都道府県の対策本部に問い合わせをして
何が必要かを聞いてから送ったほうがいいみたい。

必要なものでも数が多すぎると迷惑になってまうし
不必要なものを送ったら手間が増えて
現場を混乱させてしまうらしいです。

*** *** *** *** *** *** *** *** ***

阪神、新潟、博多の時など
支援物資は大量に送られてくるけど、状況に見合わないものばかりで
必要なものは不足したまま必要のない支援物資が溜まって、
保管場所すらなくて大変だから義援金で支援お願いしますって言われてたらしいですが、義援金は道路の復興等に利用されるということも情報としてありました。

*** *** *** *** *** *** *** *** ***

義援金詐欺が始まってます
今振り込んでも銀行が運営してないので、月曜日でも変わりません冷静になってくだ
さい

*** *** *** *** *** *** *** *** ***

ボランティアへ参加する方たちへ

遠くの被災者も心配ですが
自分の近くにいる家族、特に孤独なお年寄りの話し相手になってあげてください
声をかけたり、手を握ってあげてください

阪神大震災被災者より

あと、被災地には他国から日本に来ている方々もいると思います。
異国で言葉の壁等があり、心細くなっていると思いますので、そういった方にも
声をかけてあげるといいと思います。

*** *** *** *** *** *** *** *** ***

今後輸血も必要になるであろう現地の状態なので、こちらも転記します。

血の原料になる食材
・色の濃い野菜=人参、ほうれんそう、小松菜、キンシンサイかぼちゃなど
・黒い食べ物=黒豆、小豆、黒ごま、木耳、椎茸、ひじき、プルーンレーズン
・海産物=イカ、タコ、マガツオ、赤貝
・肉類=豚レバー、豚のハツ、豚足
・その他=ピーナツ

*** *** *** *** *** *** *** *** ***

あとは、原発の放射能の件です。
放射性のヨウ素が、呼吸時に甲状腺から吸収され被曝します。

ヨウ素の錠剤を摂ることにより、放射性ヨウ素が入る余地をなくす対応を普通はしま
す。なので原発周辺地域では常備が必要なものですが(日本はそんな基本的なことも
住民に知らされていない・・・)、

無い場合は、以下をなるべく摂り、
天然のヨウ素で体を満ちた状態にしておきましょう。
・とろろ昆布
・昆布
・わかめ
・寒天  等の海藻類

*** *** *** *** *** *** *** *** **

救援物資の食料ですが、すぐに食べられる
・カロリーメイト 等や、
みなさんが精神的にも疲労していると思いますので、
・チョコレート 等の甘いものもよいと思います。

*** *** *** *** *** *** *** *** **

・これから夜になるとき。
阪神大震災で最後に最大に悲惨に襲った災害は、「治安悪化」による「人災」です。
大切な人を守ってください。
一人でいる人は、最寄りの知り合いと小さくても良いのでコミュニティを作りましょ
う。


・避難した女性の方。
絶対に一人で公衆トイレに行かないで。
便乗する性犯罪者がいます。
常に誰かと行動して、トイレも二人以上でいくようにしてください。

・赤ちゃんがいる方。
赤ちゃんの頭にタオルでも何でもいいので、クッションになるようなものを置いてく
ださい。
阪神大震災で、テレビが飛んできて死亡した乳児がいました。
彼の死を無駄にしないで。
・電話の使用は極力避けてください!
非常の為の119番や110番がかかりづらくなっています。
安否の確認は災害用伝言ダイアル171番
またはツイッターなどのネットの利用でお願いします。

・地震が起こったら、必ず窓を開けてください。
そして、家にいる人は、水道が止まる前に、お風呂に水をためてください。
まだ、電気が通じる人は、ご飯を炊いてください。
阪神淡路大震災の経験から、皆さんに伝えます。

・停電をした地域は、必ずブレーカーを全て落としてください。
また避難する際も絶対にブレーカー落としてください。
送電時に火災になって家が燃えてしまいます。
停電から復旧した瞬間ショートして火災というケースも多いようですので、停電して
ても落としてください。
通電されたら小さなブレーカーを一つづつ入れて下さい。
漏電ブレーカーが落ちるようでしたら、無理に入れず、電気事業者等に連絡をとって
下さい。

・ガスの元栓をしめてください。
ガスが充満すると静電気だけで大爆発が起こります。

・断水の可能性がありますので、お風呂に水をためてください。
飲料水の確保もお忘れなく。
ネットが使えるうちに自分の住んでる地区の避難場所を確認してください。

・足元数十センチの津波でも足をすくわれ一気に沖合まで流されます。
絶対に見物などには行かないようにしてください。

・車のトランクにタイヤ交換用のジャッキがついているはずです。
瓦礫の下敷きになっている人を救助する場合、かなり重要になってきますので、提供
をお願いします。


・室内に居る時も、履物の確保をしてください。
ガラスの破片で足を怪我すると、命取りです。

・避難する時は、雑誌を頭に載せてタオルやシャツで包むだけでも
簡易ヘルメットになります。
おなじように足に巻けば、履物になります。

・ウエットティッシュが大活躍します。
この寄付がとても嬉しかったそうです。

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タグ: 災害 対応 物資

2011/3/12

地震への対策  日々雑記

これを読んだかた、可能な限りコピーペーストで広めて下さい


各鉄道の運行情報が見れます。
http://www.tetsudo.com/traffic/

・安否確認の為のダイヤル 171
◎災害用伝言ダイヤル171を使って下さい。警察や消防へ問い合わせしないで下さい!
171 → 1 → 家番号 で伝言吹きこみ
171 → 2 → 家番号 で伝言再生”

・電話の使用は極力避けてください! 
非常の為の119番や110番がかかりづらくなっています。

・Twitterやmixiのアクセスも、被災者の方たちの為に回線を開けてあげてください。
Twitterでは現在、各地で助けを求めるツイートも多く、中にはパニック障害を起こした被災者や、閉じこめられて助けを求める被災者もいます。
なお、現在携帯のメールは勝手に受信せず、新着メールの問い合わせ(センター問い合わせ)をしないと受信しない模様です。教えてもらわないと気がつかない人がいます。


mixiの地震被災者サポートコミュニティが立ち上がりました
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5522706


大規模な人探しサイトができたみたいです。
http://japan.person-finder.appspot.com/?lang=ja


・被災外国人に無料の通訳サービス(ロイター通信)
多言語コールセンターを運営する「ブリックス」(東京)は11日、東北・関東大地震で被災した外国人向けに、英語や中国語、韓国語などを通訳する無料電話サービスを24時間体制で始めた。助けを求める外国人が役場や避難先などで自治体職員らとやりとりする際に、電話をすれば間に立って通訳する。通訳サービスの電話番号は050(5814)7230。サービスについての問い合わせ先は電話03(5366)6001。
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJP2011031101001121


ご自身または身近な方々が、救援物資の発送およびボランティアへのご参加をご検討されていましたら、 下記サイトをご参照していただければ幸いです。宮城県災害ボランティアセンター →  http://bit.ly/gCJpLC


安全のために読んでください
  ↓↓↓↓↓↓

・これから夜になるとき。
阪神大震災で最後に最大に悲惨に襲った災害は、「治安悪化」による「人災」です。
大切な人を守ってください。
一人でいる人は、最寄りの知り合いと小さくても良いのでコミュニティを作りましょう。


・避難した女性の方。
絶対に一人で公衆トイレに行かないで。
便乗する性犯罪者がいます。
常に誰かと行動して、トイレも二人以上でいくようにしてください。


・赤ちゃんがいる方。
赤ちゃんの頭にタオルでも何でもいいので、クッションになるようなものを置いてください。
阪神大震災で、テレビが飛んできて死亡した乳児がいました。
彼の死を無駄にしないで。


◎怪我をした人へ
★頭部の出血は布で傷口を覆ってください。
★下肢の出血は太ももの付け根を縛ってください。
★肘より先の出血の場合は二の腕の内側を縛ってください。
★上腕の出血は腕の付け根を縛ってください。
※一時間おきに縛っている布をゆるめて下さい。

もうひとつ、ときどきでいいので足を揉んでください。寒い中動かないでいると血栓ができて急に倒れることがあります。足を揉んでマッサージするか、ハイソックスをはいて足の血管を圧迫するなどとして注意するようお願いします



・エレベーターの使用はなるべく控えてください。


・東京電力より
利用者に対し、節電の協力を呼びかけています。
不要な電気製品の使用は控えてください。各地で電力不足が続いています。


・携帯の電池が無くなりそう、無い方
最寄りの家電量販店などで、充電器を無料開放しているようです。
 


・地震が起こったら、必ず窓を開けてください。
そして、家にいる人は、水道が止まる前に、お風呂に水をためてください。
断水の可能性があります。飲料水の確保もお忘れなく。


・まだ、電気が通じる人は、ご飯を炊いてください。
ネットが使えるうちに自分の住んでる地区の避難場所を確認してください。

X字の亀裂が入っているとこはすぐに崩壊するから注意!
携帯と充電器、ラジオ、ペットボトル水必要!
ヒール履いてる人は折る!
食料は最低3日間は自立しなきゃいけない。トイレは基本ないからビニール袋を。
火事などの2次災害に注意!



◎電気屋さんからの忠告!です。 ただ今地震で停電している地帯の方はブレーカーを全て落として下さい。また避難する際も絶対にブレーカー落としてください。
送電時に火災になって家が燃えてしまいます。
停電から復旧した瞬間ショートして火災というケースも多いようですので、停電してても落としてください。
通電されたら小さなブレーカーを一つづつ入れて下さい。
漏電ブレーカーが落ちるようでしたら、無理に入れず、電気事業者等に連絡をとって下さい。


・ガスの元栓をしめてください。
ガスが充満すると静電気だけで大爆発が起こります。


・足元数十センチの津波でも足をすくわれ一気に沖合まで流されます。
絶対に見物などには行かないようにしてください。


・車のトランクにタイヤ交換用のジャッキがついているはずです。
瓦礫の下敷きになっている人を救助する場合、かなり重要になってきますので、提供をお願いします。


・室内に居る時も、履物の確保をしてください。
ガラスの破片で足を怪我すると、命取りです。


・避難する時は、雑誌を頭に載せてタオルやシャツで包むだけでも
簡易ヘルメットになります。
おなじように足に巻けば、履物になります。



以上、一人でも多くの方が、コピーペーストで広めてくれることを願っています

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テーマ: 介護
タグ: 救助 地震 震災

2011/1/1

2011 New Year!  日々雑記

あけまして
 おめでとう
  ございます

2011


久しぶりに里帰りして、正月を迎えました。

年越しは普通に寝てました。

今年はジッと据え置きの年になりそうですかねえ・・・

旅ブログ、次回は日本徒歩縦断記(失敗編)を書こうかな。
その後も、思い当たったら、体験記みたいな物を綴っていこうと思います。

引き続き、のんびり更新のアーカイブブログよろしくです。
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タグ: 徒然 新年 年明け

2010/11/20

書籍化を試す  日々雑記

長きに渡ってこのブログに掲載した、原付日本一周の旅記録ですが、Teacupの書籍化サービスを使って、本にしました。
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大量出版ではなく、1冊づつのみですが。

1冊では内容が収まりきれなくて、上下巻という形で、2冊に分冊製本となりました。
注文してから数週間して、印刷製本された物が届きました。
ささやかな本ですが、印刷物として自分の記録を読むのも中々面白いです。
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タグ: 書籍化 印刷 自分史

2010/10/21


1997年6月16日

本栖湖からは家に直行できるまでの距離だったが、家に帰って家族に会うのがとても嫌だった。
また、本栖湖からはあまりに順調に走ってしまったので、自分の中でアッサリと旅を終わらせるのが妙にためらわれたのだ。

IB君に泊めさせて欲しいと電話をしたら、OKになったので、ホッとして彼の所へ向かった。
もしダメだったらまた河原でテントかなと思った。

IB君とは派遣会社で知り合い、工場で一緒の現場に居た仲間だった。
彼はデザインの専門学校の夜間学生だった。
猛烈に宿題が出るので、火の車らしい。
グラフィックデザインでもしたいのだろうか。
あまり突っ込んだ話はしなかったが。
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朝、彼の家を出発。
座架依橋で別れ、ちょっとウロウロした後、海老名へ。
STさんのジムニーにメモを挟み、帰路へ着く。
9:40
メーターは27609.3kmだった。
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50cc日本一周の旅これにて完了。
ベンリイCD50よ、ありがとう。
金を稼いだらすぐ修理してやるからな。ちょっと待っててくれ。

家が見えて、まず気付いたのが外壁が塗り替えられてたこと。
バイクを入れ、庭から居間を覗いたら母がちょいと驚いた顔をして、そして帰ってきたか、という顔をして窓を開けた。

旅は終わった。
後片付けをしなくてはならないと思うととてもめんどくさい。
家に帰るのがとても恥ずかしく、逃げ出したいくらいだ。

バイクが壊れなければ、そのまま北海道にでも行ってしまいたい気もする、と言うのはウソで、次のステップ徒歩日本縦断への新たなスタートが切られたと思った。

・・・・え?まだやるの?・・・・

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総走行距離 23273km
ガソリン消費量 324.12ℓ



=== 原付日本一周記  完 ===
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2010/10/20

あと一歩・・・旅をふり返る  1996〜97原付日本一周後半編

1997年6月15日

本栖湖にて
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・・・間に3週間の中止期間を挟む形で、約1年間に及ぶ日本一周50cc原チャリの旅はもうすぐ終わりをむかえる。
僕の荒んだ気持ちを、50ccで走るというパフォーマンスによって打開しようとしたが、ただ走って他の地へ行くだけでは何の意味もない事を知り、北周りの前半を終えた。

間に2級建築士の図面試験があったが、わずか2週間の要領の悪い勉強で合格するはずもなく、2級建築士の夢は夢で終わる。
合格・不合格に関係なく、心の整理がついたところで後半の南周りが始まった。
この時点で、まさか南の果ての島でバイトをする事になるなど心の片隅ににも上らなかった事だ。

秋から冬にかけて寒かったが、南で何かありそうな予感がしていたので、例え一人でもそれほど寂しい気持ちは無かった。
いや、でも心のどこかではきっと寂しかったのかもしれない。
無理矢理自分にウソをついていたのかもしれない。

南へ下るにつれ、何だか面白いヤツらがチラホラと姿を出し始めた。
ほとんどの連中が夏の北海道行を経験しているのも面白い傾向だ。
一癖あるやつらは何かとへき地に集まってくると、この時はじめて分かった。

ひょんな事から、うわさの石垣島の米原に行く事になり、それが僕の後半南周りの最も大きな、そう、僕の生きる道の転換点だったと今も強く感じている。
米原で金を使い果たし、この近辺でバイトをしなくては絶対に帰れない状態まで自分を追い込んだのも、単に旅費を稼ぐ以外に「何か」を期待した為だと思っている。
ではその「何か」とは何か。
一重に自分の精神的、内面的な変化の事だったのではないかと思う。
出来るなら生まれ変わるほどの以前の自分とは全く異なる自分への変化。
時々聞こえる鹿の鳴き声を聞きながら、静かな湖畔で、もうすぐ終わりを迎える旅を振り返った。
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13:05
本栖湖畔出発。
スポークの折れ新たに1本発見。
これで6本目。寄り道は中止。家へ直行する事にする。

16:35
IB君に電話。
この後久しぶりに家に電話。しかし不在。
17:10
IB君宅着一泊させてもらう事に。
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2010/10/3

旅の終わりに近づく  1996〜97原付日本一周後半編

1997年6月13日

滝木キャンプ場出発。

12:30〜13:30
岐阜県の365号線沿いのコンビニで昼食とルート選定をしていた時、ふと空を見上げたら、太陽周りを囲むようにリング状の虹が出来ていた。
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これはその時に描いたスケッチ。

14:20〜14:57
「ユートピア」にて風呂。350円。

19:00
矢作川沿いにてテントを張る。

6月14日
8:50出発。
今朝、新たに後輪のスポーク1本の折れを発見。
心臓が高鳴る。これで5本目だ。
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写真では4本が折れた時の記録のみ。

冒険と無謀は違う。
しかしこれは一種の賭けだ。
あともう少し。ガンバレベンリイCD50。
カーブの時はなるべくバイクを倒さないよう、なるべく後輪に横の力をあたえないよう心がけ、速度を一定に保ち、かつ均等に後輪が転がるように努める。
歯抜けになった後輪に均等もクソもないのだが・・・。

12:20〜12:47
362号線沿いの河原で昼食。

17:22道の駅とみざわ。

18:50本栖湖着。湖畔にテントを張る。
この日の走行距離301.3km。

天竜川の源流まで行きたかったが、地図を見ていて、今のベンリイ号の状態では行けそうも無いのであきらめ、昨年通った天下の国道1号線を通る事ににした。
しかし、何から何まで1号線を通るのもつまらないので、バイクには申し訳ないが、違うルートを走ったりもした。
301号線や52号線ではヘアピンカーブや急勾配多く、冷や汗ものだった。
しかし、何とか本栖湖にたどり着く事が出来、良かったと思う。
「家」への輪郭が強くなってきたのは否めない。
また、AYさんの思いも強くなってきた。
いや、それだけではない。
IB君、STさん、TKNさん、ABさんなどなど、知り合った顔ぶれが強く頭に浮かんでくるようになってくる。

しかし、今日はとんでもなく走った。(※50cc原付バイクとしてはの意味)
新潟の暗中雨天の時の次に走ったのではないか。
計算したら、300kmを超えた。
街中の国道走行は、白バイがウヨウヨだし、車も渋滞し、信号がやたらに多くてイライラする。
おまけに空気も悪い。
暑さも沖縄のような天然の暑さではなく、人工的に作られたような、よく言われるヒートアイランド現象的な暑さなので、気持ち良くない。
ツーリングでは国道街中を走るものではないなとつくづく思った。

さて、本栖湖まで来れば、帰還まではもう射程圏内だ。
何とかなりそうだ。
しかし、最後まで気を抜かずに走り通そう。

1年がかりの日本一周の旅が、なんとか完成できそうな所まで来た。
いろんな事があって、これを忘れる事の方が難しいだろう。

全く別の人格になるほどに変わる事はなかったが、かなり心の中はリフレッシュする事は出来たと思っている。
ただ、社会復帰の前に何だか旅にハマリそうで、そこら辺が微妙なところ。
その選択はどちらも不安であり、楽しみである。

今(1997年当時の事)パッと頭に浮かんでいるやりたい事を書いておこう。
○カリフォルニア州にあるセコイアの木の森に居る、地球上で最大の生き物「シャーマン将軍」に会いたい。
○スミソニアン、チャンプリン、プレーンズ・オブ・フェイムへ行きたい。
○ヒマラヤの山々を見たい。
○日本縦断3000kmを歩く。そして、写真がメインではなく、スケッチを主にやりたい。着色は主に色鉛筆。そして、日本一周で行きそびれた所へ、この時に行こう。
○ヨーロッパゴシック建築探訪の旅。主に鉄道で。
○ドイツ、バッハ探訪。オルガン探訪。
○ギターを弾けるようになる。
○20代の僕のエネルギーの保存。創作。
○中型バイクの免許を取る。

・・・こんなところだろうか。

とにかく家に着いたらバイト探しだ。
短期に金が稼げるバイトをしよう。
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2010/10/1


1997年6月12日

8:50
鴨川出発 晴れ
ベンリイ号の後輪がギシギシいってとても心配。
バイク屋数件当あたるが、スポークのストックが無く修理出来ない。
荷物軽量化のため、不用品を郵便局にて送る。

12:00
八幡市(やわたし)安居橋前にて休憩。

12:00〜13:50
飛行神社。入館300円。

SEちゃんのくれた京都ガイドに、八幡と言う所に飛行神社とい所があった。
2人で、どんな所だろうね?と言っていたものだ。

今日、試しに来て見て、まず入り口にドーンと置かれた、F-104スターファイターに積まれていたターボジェットエンジンに圧倒された。
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奥は資料館になっていた。
境内には、プロペラや朽ちたエンジンがあり、社はまだ建て直されたばかりらしく、新しかった。
ステンレスの鳥居というのも「飛行機」っぽくて面白い。

ここは二宮忠八(にのみやちゅうはち)・・・日本の近代重航空機のパイオニア・・・に関係する所であった。
れっきとした航空のための神社であった。
歴史は思ったより古く、大正8年とのこと。
個人の私財を投じて作られた、立派な思想を持つ神社だった。
資料館は300円で、充実した冊子が付く。

ライト兄弟の成功により、この時同じくして開発しようとしていた飛行機の研究を断念し、製塩会社に方向転換したようで、展示用のガラスケースの片隅に、塩が展示されていたのには、失礼だが笑ってしまった。

飛行文庫と言うのがあって、本棚には古今の飛行に関する本がビッシリと並べられていた。
鍵がかかっていて読む事は出来なかったが、のどから手が出るほど欲しい本がたくさんあった。
ここまでくると、もうマニアだ。

展示室にはテレビがあり、オランダ国営放送のビデオが流されていた。
主題は日本のジェットエンジンの技術史のようだったが、航空機の歴史も紹介されていて、外国の番組なのに、ものすごく日本の飛行機の歴史が分かりやすく映像で見る事が出来た。
相当マニアックな記録フィルムも出ていて、目が釘付けになった。
連山の初飛行、飛燕の記録映像、99式襲撃機の機下から撮られた迫力ある滑走シーン、T-1の初飛行フィルム(白黒)などなど。
バックに流れるBGMが中国っぽくて変だった。
冒頭に自衛隊のF-1、F-4、F-15の派手なフライトシーンは何の関係があったのか定かではないが、面白かった。

忠八氏の製作した玉蟲型機を復元し、飛ばしたシーンもあって、これも面白い。
結果として、一般の人には縁遠い神社ではあるが、飛行機好きの自分にとては、非常に面白い所であった。

しかし・・・流線形のハイテク機のイメージに天照大神と白い袴というのはとてもアンバランスな感じがした。

忠八氏の飛行研究と言うのは、凡人の自分から見ても、優れた物だと思った。
明治の時に日本にこんな素晴らしい事をしていた人が居たと言うのが誇りに思える。
研究をまとめた資料が、十数冊の紙に清書されて展示してある。

カラスの降下の時の翼の角度の事が書かれていたり、飛び魚のヒレの事について書かれていたりと、観察対象が日本らしいなと思った。

僕の気を引く所は長居は必然だ。いつもそうである。
だいたい2時間は居座る。

満足してここを出発した。
国道1号線は、排気ガスがすごくてたまらない。
307号に入った。
しばらくして、たぬきの焼き物で有名な信楽市に入った。
いたる所にたぬきの置物がたくさん並べられていた。もちろん売り物である。
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小さいやつは1300〜2000円位。一つ欲しかったが金が無い。また来よう。
見たという満足と今度また来ようという楽しみ。
どっちも良い。

家に近づくにつれ、バイト、金の事を現実的に考えるようになった。
そして、次の旅の行動についても。

18:30
滋賀県の1号線近くの滝樹神社の隣の滝木キャンプ場着。
巨大な杉が目を引く。
設備も整っていてなかなか良い。
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2010/9/28

サークル「コロポックル」の人たちと 2  1996〜97原付日本一周後半編

1997年6月11日

曇り時々小雨。


7:45にテレビが点き目が覚めた。
S君が朝の一杯の緑茶を入れてくれた。
9:00ちょっと前にアパートを出た。
彼はジェベルに乗っている。
昨夜、彼が昨年バイクで北海道へ行った時の写真を見せてもらったら、その中に石垣島の米原キャンプ場で会った尾張小牧ナンバーのセロー乗りのお姉さんが写っていたのでびっくりした。
その事を言ったら、
「世界って狭いですよねー」
と、彼は言った。

本当にそうだ。
僕自身、2人もそういう形で会ったから。

旅人ネットワークと言うのが、自然発生的に存在する。
旅する人なら誰でも入れる。
別に入会するとか登録するとかと言う事ではない。
出会った人たちの行き先や状況が、人伝いに聞こえるようになるのだ。
西表の加藤さんも同じ事を言っていたのを思い出す。

さて、彼と別れてからやることがなかった。
SEちゃんに耳塚で会うことぐらいだ。
のんびりと七条通りのコンビニの前でたった一個のパンで朝食。
天気はあまり良くないし、どうしようかなあと思っていた。

とりあえず、プラッと近くを走った。
彼女のくれたガイドの地図が解りやすくてとても役に立った。
「ロッジ」に行こうと思ったが、店はまだ閉まっていた。
10:30開店だった。

そうこうしているうちに、待ち合わせ時間が近づいてきたので、耳塚に戻った。
彼女は今日は10:30までの講義で終わりだというので、時間を都合してくれたのだ。
耳塚でしばらく雑談していたら昼になったので、マクドナルドで昼食にした。

好きな人と居る時は、いろんな事を話して、互いの理解を深め合った方が良いと彼女はアドバイスしてくれた。
AYさんとうまくゆくと良いねと言ってくれるとテレる。
彼女にも、彼とうまく行くと良いねと言ってやるとやっぱりテレた。
そのしぐさが可愛い。

「いやー、恥ずかしいな、何か・・・」

マクドナルドを出て、「ロッジ」へ行った。
自転車だと言うのに、彼女はすでに到着していた。

アウトドアグッズを見るのはとても楽しいものだ。
一応、次の目標である徒歩日本縦断の装備をちょっとさらっておこうと思い、店内を見て回る。
ザックは50〜70ℓ、まあ60ℓくらいか。
テントはドーム型で側面開き、なるべく軽く、フックによる吊り下げ式を望む。
その中で、候補に上がっていたのが、スリーブ式ではあるけれど、他は要求を満たしているエスパース・スーパーライト。(44000円)
ダンロップX-116だった。
シュラフはイスカのアルファライト600。
モンベルの♯3と同じ温度帯域ながらコンパクトだ。12300円。
コッヘルはエバニューのチタンのやつ。
バーナーはガスならプリムスのエクスカイザー。
灯油ならかなり重いがラジウスコンロ、マナスル96。
EPIのウルトラマイクロストーブは、手のひらにスッポリと入ってしまうほど小さい。
これも軽いと言う点では魅力だ。
そしてスパッツにコンパス(オリエンテーリング用)。
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2010/9/18

サークル「コロポックル」の人たちと 1  1996〜97原付日本一周後半編

1997年6月11日

一昨日、昨日と波照間のキビ刈りで知り合ったSEちゃんを始め、その子の所属する大学生サークル「コロポックル」の人達に会い、楽しく、本当に楽しく会話した。

おっとこれを書いている矢先、お巡りさんだ。
今、自分は出町の橋の下でテントを張っている。いやドキドキした。
まあ、最近神戸で小学生が首を切られて捨てられた事件などあったので、お巡りさんに見られても仕方ないなと思っている。
ここは京都のド真ん中だから。
とても優しい人だったので良かった。
「無理せんと、気をつけえや。」と最後に。

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以前、ここで浮浪者に対する暴力事件があったらしい。

さて、話を戻して、梅小路機関車館で長居してしまったので、時間が押してしまい、コインランドリーに行ったら、コロポックルのミーティングの時間が間近に来てしまった。
銭湯に行きたかったのに・・・

京都大学の校門をくぐったが、恥ずかしいったらありゃしない。
時計塔の下の木にSEちゃんを見かけ、その周りにそれらしき人達が居た。
こんにちわー、と挨拶し合った。

『大学生だ・・・キャンパスだ・・・』

SEちゃんがある程度自分の事を話してくれたらしく、とても馴染みやすい雰囲気があり、内心ホッとした。
校舎に入り、18:30頃ミーティングが始まった。
新入生の道具の買出しの事や、今年の夏休み北海道における行動計画の事が主な議題。
30人位いただろうか。
なかなかプランがまとまらないが、そんなものさ。
ミーティングを重ねる事で出来上がっていくものだから。

21:00頃一応お開きとなった。
どっかで飯を食おうと言うことになり、居酒屋へ。
コロポックルは、原則として割り勘であるが、自分はお客さんだからと言うことで、おごってくれた。
使える金が9000円を切った自分にとっては、本当にありがたい事だった。
皆20〜22歳の言わば弟や妹みたいなものだ。
自分の妹も22歳(1997年当時)だ。

かなり控え目な飲み会だったので、もう一軒、K君のすすめで天下一品と言うラーメン屋に行くことにした。
この時はS君とT君と自分の3人だ。
かなりクセのあるラーメンらしい。

注文して、出てきたラーメンは、スープがドロリとしているが、味はアッサリしていてとても美味しい。
密度の濃いスープを飲み干すのは難しい。いったいどうすればこんなドロッとしたスープになるのか分からない。
白色のスープだが、とんこつでは無いらしかった。
ともかく初めての感覚であった。一杯550円。

K君と別れてS君の住むアパートに今晩は泊めさせてもらった。
S君はとても話しやすい人だった。

かなりの旅人で、ネパールをトレッキングしたり、最近は日本100名山全登頂をやり出し、北海道の山もかなり登ったようだ。

自転車や250ccオフロードバイクなど移動手段は選ばない。
気持ちの良い好青年だった。
写真も見せてくれた。
「自分のは、記録的なもので、そんなにうまくないですよ。」と言っているが、なかなかどうして、きれいに撮れていた。

彼は冒険などの本が好きで、いろんな本を教えてくれた。
旅とは出会いだ。
SEちゃんに出会った事で、こうして現役の学生達と話をする事が出来たのだ。

深夜4:00位まで話していただろうか。
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2010/9/8

梅小路蒸気機関車館へ  1996〜97原付日本一周後半編

1997年6月10日

11:00〜11:20
伏見稲荷を見る。
鳥居の数と言ったら・・・。
ほとんど隙間無くビッシリと立てられている。
奉納者は全国各地津々浦々。
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深泥池の公園にて昼。
のどかで平穏な時を過ごす。
しかし、公園は草ぼうぼう、ゴミが散乱している。

14:00
梅小路蒸気機関車館
小学生の時に夢見た蒸気機関車。
日本に汽車を保存している所があるのは知っていたが、それがどこかはつい最近まで知らなかった。
波照間で知り合った京都に住む大学生のE子ちゃんの貸してくれたガイドに、なんとそこが京都市内にあるのを知った。
そして、ついに今日来る事が出来た。

かつて、日本を走りぬいた代表的な汽車が17輌、そして今も稼動できるものが6輌ここに居た。
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C62 2つばめ、D51 なめくじ、皆居た。涙が出そうになった。
プレートはピカピカに磨かれ、クランクやロッドは整備士達が油で手入れをしていた。
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飛行機、特に戦時中の物は日本国内に状態の良い実機はほとんど存在せず、あったとしてもハリボテみたいに悲しい状態だが、汽車に関しては日本も捨てたもんじゃない。
1日に3回、「スチーム号」と名づけられた8623号機が生きてる姿を見せてくれる。

最後の15:30の出発を見た。
乗車は一回200円。
わずか数百メートルではあるが、レールが敷かれており、シリンダーや動輪が生き物のように動く様を目の当たりにした時は、思わず目が潤んだ。

純粋に商売で物を運ぶ機械としては、確かにあまりに能率の悪い時代の産物だろうが、そんなの抜きにして、日本の黒い汽車はカッコいい。
またまた2時間も居てしまった。
お土産も良いものばかりで、お金がないのがとても残念。
今度来れたらスチーム号に乗り、ステッカー(440円)、メダル(300円)を買おう。

そして動く映像でスチーム号の姿を撮りたいものだ。
しかし、汽車と言うのは、ものすごい量の水と石炭を使うんだなと思った。
そして燃えカスの処理なんかもしなくてはいけないのだ。
機関庫の一部は煤で黒くなっている所もある。
16:15出発。
16:30〜17:45コインランドリーで洗濯。550円。
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2010/9/5

空と雲  日々雑記

9月に入っても、まだまだ暑い日が続きます。
今日はちょいとドライブに行きました。
帰りに空をふと見たら、秋の雲。

地べたは暑いけども、空は秋を少しずつ運んでくるのかな?
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タグ: 徒然 季節 風景

2010/9/3

京都・奈良に入る  1996〜97原付日本一周後半編

1997年6月8日

晴れ。
9:25養父市場近くの運動場公園の空き地より出発。

13:32京都駅前通過。

昼飯は奈良市内の餃子の王将。
餃子180円。

唐招提寺、薬師寺、そして法隆寺へ。


ここ数日、「見る」旅がとても充実しているなと思う。
「出会う」旅は、道を通り過ぎてゆくライダーの何人かと手を上げたあいさつくらいのものだ。
鳥取のを過ぎた辺りから、国道9号線はけっこうライダーが多い。
バックパッカーもいたが、道中歩くのに夢中みたいだった。
近い将来、自分もあんな格好をして歩くのかな、と走りながら想像してみた。

バイクが時々、カキン、カキン、とイヤな音を立てる。
またスポークが折れたかなと見てみたが、それはなかった。
しかし、すでに3本は折れているから他の所に無理がきて、キシんでいるのかも知れない。心配だった。

昨日、テントを張り終えた時に、点検と注油をした。
チェーンにたっぷりとチェーンオイルを吹き付ける。
クラッチワイヤにも、ブレーキへの連動部にも。
エンジンオイル量を見てみたが、半分くらいに減っているが、粘度も割合あるし、汚れ具合もまあまあ。何とかなるだろう。

一番心配なのはやはり後輪だ。
タイヤ溝もツルツル、スポークが全部折れたらどうしようと思うと気が気でないが、金が無いから、どうしようもない。
早く帰らなきゃと思う反面、家に帰りたくないというのもある。

さて、京都に入った。市街地に入るのは3年振りだ。
あの時は、専門学校の同級のY君と一緒だったが、あまり楽しい旅行とは言えなかった。
道に迷わないようにと、しっかりと道路の案内板を確認し、走った。
おかげでスムーズに通過できた。
今日は日曜日。観光客がいっぱいだ。外人も多い。
駅はギラギラのガラス張りの大きな建物に生まれ変わっていた。
巷ではけっこう話題になっていたようだが、思えば約1年、僕は外に出っぱなしで、映像のニュースを見る割合がとても少なく、どんな事が起きているのか分からない。
ラジオでは物の姿は見えないから。

店に入ると、関西弁だ。
生の関西弁である。子供もしゃべっている。
あたりまえか。
関東の自分にとっては珍しいと思って聴いてしまうのだ。

京都を通り過ぎて、奈良へ。
京都と奈良の距離は、関東に例えると、厚木から新宿へ行くような感覚だ。距離にして40kmくらいか。

法隆寺が見たかった。
そして薬師寺。西岡常一棟梁が手がけた五重の塔を見たかった。
空は曇ってきた。車が多い。

山陰から京都方面に向かうにつれ、一日走り終えると、顔は排気ガスで黒く汚れる。
顔を拭くとタオルがとても汚れる。
良い気持ちはしない。

まず薬師寺。
拝観は500円。高くも安くもないが、今の自分にはこの金額はつらい。
外から見るしかなかった。
しかし、西岡氏の見事な仕事は、塀の外から見ても良く伝わった。
今は無き西岡氏に深い敬意を表す。

次は法隆寺だ。
高校の時に見そびれて、見たいと思い続けてから7年も経ってしまった。
それがついに見ることが出来る。
16:45
ああ、やっと来れた。
そこは駅とバス停のすぐ近くだった。
これなら電車で来てもつらくは無い。

バイクはこう言う時に良い。
停める場所には困らない。
寺は17:00に閉門してしまうので、人は少なかった。

世界最古の木造建築。1000年もここに建ち続け、風雪に耐えてきた偉大な文化遺産。
その姿はとても美しく、力強かった。
その存在感は、チベット山々や植村さんの冒険などと同じく心にキーンと突き刺さる。

やっぱり来てよかった。
僕も何か作る時、深く人の心に残る物を作りたい。

今回はここに来るのが遅くなってしまい、境内には入れなかった。
また来るよ。
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