2009/10/30

希望  


クリックすると元のサイズで表示します
2

2009/10/24

一期一会  

広島リハケア学会では座長をやりました。

維持期をテーマに7つの演題。

どの発表も維持出来ない自分に苦悶してました。
そんな中で、神経難病の元牧師さんにパソコン操作を伝授し、百枚のクリスマスカードを信者の方に送った発表は秀逸でした。

その後は平和公園で合掌。原爆史料館を小学生の修学旅行団体と見学しました。「原爆って映画じゃなかったんだ」と呟いた男の子は、列から離れ、焼けた学生服の前にくぎづけになっていました。

夜は一人で居酒屋へ。
自分の脚で手に入れたと言う店長自慢の焼酎を楽しみ、お互いの流れ着いた人生のエピソードを肴に、話込みました。

カウンターの隣では、婚約した後輩二人を祝う女性上司。更にトライアスロンが趣味という男性(水谷豊似)が合流。

何の接点もない五人が、袖擦り合わせ盃を交わす奇妙な夜でした。
最後は割り勘だったし。

いい思い出をありがとう、広島。
クリックすると元のサイズで表示します
2

2009/10/22

希望  

広島です。
呉在住の友人(ライターの方)と3年ぶりに再会。
とにかく積もる話が止まらない二人でした。

世の中の生命倫理が明らかに恐ろしくなっていること、

ひとの命にまとわりつく利権、金、

日本も人事じゃなくなっていること、

映画「私のなかのあなた」について

エトセトラ…

ここで紹介するよりも、彼女のブログを読んでもらった方が、
はるかにいいので、ぜひ!



アシュリー事件から生命倫理を考える



こんな歪んだ世の中だからこそ、
希望を持ち、具体的に行動しなければなりません。

ベッドの中で天井を見つめていたシズエさんは、
酸素マスクのなかで、はあはあと苦しそうな呼吸を繰り返していました。
「シズエさん」
そう声をかけると、はあはあのリズムが少し変わりました。
それが彼女の「はーい」でした。

目を閉じているシズエさんは、目を開けることは難しかったのですが、
「聴こえたら目を閉じて」というと、
ぎゅっと瞳を閉じてくれていました。

その二つで、僕たちは会話をしていました。
関わりはじめて4日後の早朝、シズエさんは亡くなりました。

あの会話が教えてくれたことを、
かならず医療の希望に変えなくてはいけません。
3

2009/10/4

(無題)  

ある病気で滅菌室から出られないヨシさん(92)が、
その部屋を離脱して、一般病棟に移ったのが
2ヶ月前。


「天気がよければ外出OK」

軽度の認知症がありますが、
この条件はしっかりと理解されていて、
祈るように窓の外をご覧になっていました。

前の夜は雨。

朝は曇りだけど雨は上がりました。

医者や家族や我々の
いろんな逡巡があったが、
先週、初めての外出ができました。

患者さんの世界が広がっていくのは
本当に嬉しいですね。
6



Powered by teacup.ブログ “AutoPage”